現場で活かす モダンアジャイル 実践ガイド

アジャイル

第 1 章:はじめに ― アジャイルの現在地

  1. 1. はじめに
  2. 2. 振り返り:私たちが学んできたアジャイル
  3. 3. なぜ、今アジャイルを見直すのか
  4. 4. 「疲れたアジャイル」現象とは?
  5. 5. アジャイルの本質は進化する
  6. 6. 本書で伝えたいことと読み方のヒント
  7. 1. モダンアジャイルは「新しいフレームワーク」ではない
  8. 2. 誕生の背景 ― ケリエフスキーの問題意識
  9. 3. モダンアジャイルの特徴:3 つの視点
    1. ✅ 特徴 1:行動に焦点を当てている
    2. ✅ 特徴 2:誰でも使える普遍性
    3. ✅ 特徴 3:人間中心のアプローチ
  10. 4. モダンアジャイルと従来アジャイルの違い
  11. 5. 「価値観」から「行動」へ
  12. 6. 4 つの原則 ― モダンアジャイルの中核
  13. 7. 次章の展望:全体像と循環の構造
  14. 1. 4 つの原則をもう一度見直す
  15. 2. モダンアジャイルは“円環的”な構造を持つ
  16. 3. どこから始めてもいいという柔軟さ
  17. 4. 相互に支え合う 4 原則の関係性
    1. ● 安全があるから、学びと挑戦ができる
    2. ● 学びがあるから、価値が見える
    3. ● 価値を届けることが、人を輝かせる
    4. ● 輝きが、再び安全な挑戦を生む
  18. 5. 「ツール」より「行動」から始まる
  19. 6. 原則が問いを生み、対話を促す
  20. 7. 循環が文化を育てる
  21. 8. 次章へ:人々を最高に輝かせるとは?
  22. 1. この原則は、モダンアジャイルの象徴である
  23. 2. 「成果を出すために人を使う」ではなく、「人が活きることで成果が出る」
  24. 3. “誰”を輝かせるのか?
    1. ● ユーザー
    2. ● チームメンバー
    3. ● ステークホルダー
  25. 4. どうすれば人は“最高に輝く”のか?
    1. ✅ ユーザーにとっての“Awesome”
    2. ✅ チームメンバーにとっての“Awesome”
    3. ✅ ステークホルダーにとっての“Awesome”
  26. 5. 表面的な元気づけではない
  27. 6. 実際の現場でどう実践するか?
  28. 7. まとめ:この原則がすべての出発点
  29. 1. 表面的な「応援」ではなく、土壌をつくる
  30. 2. 安全があってこそ、勇気が育つ
  31. 3. 実践例 ①:知識の共有と相互支援文化
  32. 4. 実践例 ②:振り返りを“責任追及”から“未来志向”へ
  33. 5. 実践例 ③:ポジティブな可視化の工夫
    1. ● 感謝カードやポジティブログ
    2. ● チームボードに“Awesome 体験”を残す
  34. 6. 実践例 ④:ステークホルダーのふるまい
  35. 7. 自分も輝かせる ― 内側の“Awesome”も大切に
  36. 8. まとめ:安心と感謝が文化をつくる
  37. 1. 学びこそが最大の競争力
  38. 2. 正解を探すより、仮説を試す
  39. 3. 実験とは、小さな仮説検証の積み重ね
  40. 4. “失敗しない”ではなく、“学ばないのが失敗”
  41. 5. 学びとは、行動と対話から生まれる
  42. 6. 結果よりプロセスに価値があることを共有する
  43. 7. まとめ:「速く学べる組織」こそ最強
  44. 1. 学びを文化にするための「仕組み化」
  45. 2. 仮説キャンバスで「考えてから動く」
    1. ● 仮説キャンバスとは?
  46. 3. 安全かつ効果的な実験の手段
    1. 🧪 A/B テスト:感覚ではなくデータで判断
      1. 実例:ボタン文言の比較
      2. 活用ステップ
      3. ステークホルダー向け説明
    2. 🚩 フィーチャーフラグ:出荷しても公開しない選択肢
      1. 実例:新検索機能を社内だけに先行公開
      2. 活用ステップ
      3. ステークホルダー向け説明
  47. 4. ふりかえりで“学び”を深める
    1. ● 学びを深める問いかけ
    2. ● フレーム例
  48. 5. ナレッジの可視化で「学びを資産」にする
    1. ● 可視化の工夫
  49. 6. ステークホルダーも「学習パートナー」に
    1. ● 対話を促す問いかけ
  50. 7. まとめ:「試して、学ぶ」文化は技術と設計で支える
  51. 1. 「届けて終わり」から「届け続ける」へ
  52. 2. なぜ「継続的に」が重要なのか?
    1. ● 価値の“鮮度”は時間とともに落ちる
    2. ● 「早く届ける」と「早く学べる」はセット
  53. 3. 「継続的に価値を届ける」の誤解と真意
    1. ❌ 誤解しやすい:「毎週なにか出せばいい」
    2. ✅ 真意:「ユーザーやビジネスに意味ある価値を、小さく、早く、継続的に届ける」
  54. 4. 「価値」とは何か?――その定義を共有する
    1. ● 価値の例(文脈によって異なる)
  55. 5. 実践の鍵は「小さく分けて早く出す」
    1. ● スライシングの工夫例
  56. 6. デプロイとリリースは分けて考える
    1. ● フィーチャーフラグとの連携
  57. 7. 技術的プラクティスと自動化の力
    1. ● 必須となる技術要素
  58. 8. ステークホルダーとの合意と期待値調整
    1. ● 合意したいこと
  59. 9. まとめ:届け続けることで、価値の循環が生まれる
  60. 1. 安全がなければ、アジャイルは成立しない
  61. 2. 心理的安全性:チームの土台をつくる
    1. ● 心理的安全性とは?
    2. ● こんな状態が危険サイン
    3. ● 安心できる場をつくるために
  62. 3. 技術的安全性:安心して変更できるシステムをつくる
    1. ● 怖くて変更できないシステムは“負債”
    2. ● 技術的安全性を支える仕組み
  63. 4. 組織的安全性:立場を超えて声が届く
    1. ● ステークホルダーの圧に耐えられないチーム
    2. ● 上下関係を超える“安心な対話”
  64. 5. 安全を守るためのデザインとプロセス
    1. ● セーフティネットを“デザイン”する
  65. 6. 「安全=停滞」ではない
  66. 7. まとめ:すべての挑戦の前提に「安全」がある
  67. 1. 「4 つの原則」はスローガンではない
  68. 2. 小さく始めて、対話から広げる
    1. ● 全体に一気に導入しようとしない
  69. 3. 技術面:仕組みで原則を支える
  70. 4. 文化面:行動と会話を変える
  71. 5. モダンアジャイルと従来アジャイルの違い
  72. 6. 実践のハードルとその超え方
    1. ● 「やりたいけど、忙しくて余裕がない」
    2. ● 「この文化をチームに広げたいが、1 人では難しい」
  73. 7. ステークホルダーと原則を共有する
    1. ● ステークホルダーとの共有のコツ
  74. 8. まとめ:現場にモダンアジャイルを根づかせるには
  75. 1. アジャイルは「開発チームだけ」の話ではない
  76. 2. ステークホルダーに求められる 3 つの役割
    1. ● ① 共通の目的を持つパートナー
    2. ● ② 決断を支える情報提供者
    3. ● ③ 実験と学習の支援者
  77. 3. ステークホルダーができる 4 つの具体的行動
    1. ✅ 1. 仮説に耳を傾ける
    2. ✅ 2. “今ある価値”を評価する
    3. ✅ 3. チームに安心感を与える
    4. ✅ 4. 共にふりかえる
  78. 4. “完璧な要件”より“早く気づく”仕組みを一緒に考える
  79. 5. 成果だけでなく、挑戦のプロセスにも注目する
  80. 6. チームとの関係を「契約」から「信頼」へ
  81. 7. まとめ:ステークホルダーも“モダンアジャイルの一員”になる
  82. 1. モダンアジャイルは“原則”から始まるアプローチ
  83. 2. モダンアジャイルの 4 原則を再確認する
  84. 3. 原則を実践に落とすにはどうするか?
    1. ● スローガンではなく、判断基準にする
  85. 4. チームと一緒に“意味づけ”しながら運用する
  86. 5. モダンアジャイルは“今”を変えるためのツール
  87. 6. まとめ:原則を、日々の選択に活かしていく
  88. あとがき:日々の現場に、モダンアジャイルを

1. はじめに

ようこそ、本書『モダンアジャイル入門』へ。

この本は、アジャイル開発の経験がある方、あるいは現場でアジャイルを実践しようとしている方に向けて、「いま、アジャイルはどこに向かっているのか?」を問い直す一冊です。

2001 年に発表されたアジャイルソフトウェア開発宣言から、すでに 20 年以上が経ちました。 その間、アジャイルは単なる手法を超え、組織文化やマネジメントのあり方にも影響を与えてきました。

しかし一方で、こんな声も聞こえてきます。

  • 「アジャイルって、結局“形だけ”になってない?」
  • 「スクラムやってるけど、全然チームが良くならない…」
  • 「もうアジャイル疲れた…ウォーターフォールの方がまだマシかも?」

こうした声を前に、私たちは改めて考え直す必要があります。 アジャイルとは、いったい何だったのか?そして、これからどう進化すべきなのか?

その問いに対するひとつの答えが、「モダンアジャイル(Modern Agile)」という考え方です。


2. 振り返り:私たちが学んできたアジャイル

まずは少しだけ、これまでの歩みを振り返ってみましょう。

アジャイル開発は、そもそも「変化に対応しやすいソフトウェア開発」を目指して始まりました。 ウォーターフォール型の計画重視アプローチに対して、もっと柔軟で対話的なスタイルを提示したのが、アジャイルソフトウェア開発宣言でした。

宣言の中では、次の 4 つの価値が掲げられています。

  • プロセスやツールよりも、個人と対話を
  • 包括的なドキュメントよりも、動くソフトウェアを
  • 契約交渉よりも、顧客との協調を
  • 計画に従うことよりも、変化への対応を

これらは開発チームにとっての指針であり、チームの連携やユーザーとの関係性を重視するものです。

実際、私たちもこの価値観をもとに、さまざまな実践をしてきました。 スクラム、カンバン、XP(エクストリーム・プログラミング)など、フレームワークを通じて、朝会・ふりかえり・バックログ管理・スプリントなどを行ってきたはずです。


3. なぜ、今アジャイルを見直すのか

では、なぜ今「モダンアジャイル」なのでしょうか?

理由はシンプルです。アジャイルが生まれた時代と、今の時代とでは、前提条件が大きく違うからです。

2001 年当時、スマートフォンはありませんでした。 クラウドも、SNS も、生成 AI も普及していませんでした。

そして何より、ユーザーのニーズがこんなにも早く変化するような市場環境ではなかったのです。

それに比べて今はどうでしょうか?

  • 技術トレンドは数年単位で変化する
  • ユーザーの声は SNS でリアルタイムに広がる
  • 市場の期待値は日々アップデートされる

この変化の激しい時代において、「プロセスを守っていればうまくいく」は通用しません。 むしろ、「プロセスを目的化してしまうこと」こそが、現場を硬直化させる原因になっています。


4. 「疲れたアジャイル」現象とは?

現場では、次のような課題が散見されます。

  • スクラムイベントを“こなす”だけで、対話が生まれていない
  • 朝会が業務連絡の場になり、ふりかえりが形骸化している
  • ユーザーへの価値提供よりも、スプリント達成率に追われている

こうした現象は、アジャイルが本来持っていた「価値ベースの行動原則」を忘れ、「形式ベースの作法」にすり替わってしまった結果です。

その結果として、チームから「アジャイル疲れ」「もう無理ゲー」という声が上がってくるのです。

しかし大切なのは、「アジャイルが悪い」のではない、ということ。 悪いのは、時代に応じた再解釈と進化を怠った私たちの側にあるのかもしれません。


5. アジャイルの本質は進化する

アジャイルの本質は、「変化に適応すること」そのものでした。

であれば、アジャイル自身も変化すべきなのではないでしょうか?

  • 働き方が変わった
  • 技術が変わった
  • ユーザーが変わった

これに対応するためには、アジャイルそのものを再解釈し、より本質的な価値に立ち返る必要があります。

その動きのひとつが、「モダンアジャイル」なのです。


6. 本書で伝えたいことと読み方のヒント

この本では、アジャイルの「次のステップ」としてのモダンアジャイルについて、次の視点で深掘りしていきます。

  • なぜモダンアジャイルが生まれたのか?
  • 従来のアジャイルと何が違うのか?
  • どんな原則があり、どう行動につなげるのか?
  • 開発者だけでなく、ステークホルダーはどう関わるべきか?

構成としては、各章ごとに 1 つのテーマを掘り下げ、原則ごとの具体例や実践のヒントも交えてお届けします。

読み方としては、「すべてを一気に取り入れる」のではなく、 「自分たちの現場に合ったヒントを拾いながら読む」ことをおすすめします。

  • 1 人の行動からチームは変わります。
  • 1 つの問いかけが、文化を変えるきっかけになります。

さあ、一緒にアジャイルの“次の姿”を探っていきましょう。

第 2 章:モダンアジャイルとは何か ― 従来アジャイルとの違いと背景

1. モダンアジャイルは「新しいフレームワーク」ではない

モダンアジャイルという言葉を聞いたとき、「また新しい手法か」「次の流行りか?」と感じた方もいるかもしれません。 しかしまず最初に明確にしておきたいのは、モダンアジャイルは“新しいプロセス”ではないということです。

スクラムやカンバンのように、役割やイベントが決まっているフレームワークではありません。 また、チェックリストやテンプレートが提供されるわけでもありません。

モダンアジャイルは、行動と価値にフォーカスした“原則”なのです。 つまり、「どう働くか?」よりも、「なぜその行動を取るのか?」を問い直すためのフレームです。


2. 誕生の背景 ― ケリエフスキーの問題意識

モダンアジャイルが提唱されたのは 2016 年、アジャイルカンファレンスでのことでした。 提唱者の 1 人は、Joshua Kerievsky(ジョシュア・ケリエフスキー)

彼は『Refactoring to Patterns』などの著者としても知られる実践的な開発者であり、当時のアジャイルコミュニティでこう感じていました。

「アジャイルは広まったが、多くの現場で“本質”が抜け落ちている」

その声の背景には、現場からのこんなフィードバックがありました:

  • 「スクラムやってるけど、うまくいってる感じがしない」
  • 「振り返りや朝会が“義務”になってる」
  • 「ユーザーのことを考える余裕がない」

ケリエフスキーはここで、「アジャイルの価値観を、もっと“人間中心”に再定義する必要がある」と考えたのです。


3. モダンアジャイルの特徴:3 つの視点

✅ 特徴 1:行動に焦点を当てている

従来のアジャイルは「価値観」や「原則」が中心でした。 たとえば「変化を歓迎する」「人との対話を重視する」といった精神的な指針が語られていました。

一方モダンアジャイルは、それをさらに一歩進めて、「どんな行動をとるべきか」を明確に示しています。 つまり、「こう考えよう」ではなく「こう動こう」に近い。

この違いは、理想論にとどまらず、現場での選択やふるまいに直結する実践性を意味しています。


✅ 特徴 2:誰でも使える普遍性

モダンアジャイルのもう一つの特徴は、「ソフトウェア開発に限定されない」ということです。

従来のアジャイルは、開発者コミュニティの実践知から生まれたため、文脈はどうしても「開発チーム」寄りでした。 モダンアジャイルはその発想を一歩進めて、「ビジネス全体」「組織文化」への適用も見据えた設計になっています。

実際に、教育現場、行政、サービス業など、IT 以外の現場でもモダンアジャイルの原則は応用されています。

これは、4 つの原則が「シンプルな行動指針」として抽象度と具体性のバランスを保っているからこそ可能なのです。


✅ 特徴 3:人間中心のアプローチ

最も重要なポイント、それはモダンアジャイルが“人間中心”のアプローチであるということです。

たとえば、プロダクトの成功だけでなく、

  • 「チームが安心して働けるか」
  • 「ユーザーが本当に感動できる体験か」
  • 「関係者が納得感を持って関われているか」

といった、人の心理・関係・文化にまで踏み込んだ原則設計がなされています。

これにより、プロセス偏重・成果物偏重だった従来アジャイルとは異なる、「関係性や文化に根ざしたアプローチ」が可能になるのです。


4. モダンアジャイルと従来アジャイルの違い

ここまでの話を踏まえて、従来アジャイルとモダンアジャイルの違いを整理してみましょう。

観点従来アジャイル(2001〜)モダンアジャイル(2016〜)
出発点開発者による実践知の整理行動原則としての再定義
形式宣言(価値観+原則)4 つのシンプルな行動指針
対象主にソフトウェア開発者全ての関係者(ユーザー含む)
成果動くソフト/スプリント達成成長・安全・価値の継続提供
中心効率・変化対応人間性・文化・学習

こうして並べてみると、モダンアジャイルは従来の延長線上にありながらも、対象の拡大と思想の深化が見て取れます。


5. 「価値観」から「行動」へ

従来のアジャイルは「大切にすべき価値」を強調しました。 それはそれで大事なことです。

しかし、それを守ろうとするあまり、「手段」が「目的化」してしまった現場も多くあります。

たとえば:

  • バックログを書いているけど、ユーザー視点が抜けている
  • 朝会をやっているけど、気まずい雰囲気で情報共有が進まない
  • レトロスペクティブが義務感になっている

モダンアジャイルは、そんな「目的と手段のズレ」に警鐘を鳴らすものでもあります。

そして「どんなふるまいが、良いチームや良い関係性をつくるのか?」という視点で、 行動指針という新しい軸を提示しているのです。


6. 4 つの原則 ― モダンアジャイルの中核

モダンアジャイルを形づくるのは、次の 4 つのシンプルな原則です:

  • Make People Awesome(人々を最高に輝かせる)
  • Experiment & Learn Rapidly(高速に実験&学習する)
  • Deliver Value Continuously(継続的に価値を届ける)
  • Make Safety a Prerequisite(安全を必須条件にする)

これらの原則は、「順番にやるもの」ではなく、相互に支え合いながら円環的に作用するものです。

そして驚くべきことに、この 4 つの原則は、どんな規模・どんな業種・どんな役割でも実践可能な内容になっているのです。

それこそが、モダンアジャイルの最大の魅力であり、普遍性の高さでもあります。


7. 次章の展望:全体像と循環の構造

 次章では、この 4 つの原則が**どのように関係し合い、現場で循環を生み出していくのか?** つまり、モダンアジャイルの全体像について掘り下げていきます。

また、原則同士がどのように影響し合い、どこから始めても良いという柔軟性を持っている点についても見ていきます。

「人を勇気づける」には「安全」が必要。

「学ぶ」には「挑戦」が必要。

「価値を届ける」には「フィードバック」が必要。

…そんな相互作用の循環構造を、ぜひ次章でご覧ください。

第 3 章:モダンアジャイルの全体像 ― 4 つの原則の関係性と循環

1. 4 つの原則をもう一度見直す

モダンアジャイルは、以下の 4 つのシンプルな原則から構成されています:

  • 人々を最高に輝かせる(Make People Awesome)
  • 高速に実験&学習する(Experiment & Learn Rapidly)
  • 継続的に価値を届ける(Deliver Value Continuously)
  • 安全を必須条件にする(Make Safety a Prerequisite)

この 4 つは、どれか 1 つが核というわけではなく、すべてが対等で、相互に支え合う関係にあります。 そしてそれこそが、モダンアジャイルの「強さ」であり、「柔軟さ」の源でもあります。


2. モダンアジャイルは“円環的”な構造を持つ

従来のアジャイルプロセスは、ある程度の流れ(例:要件 → 開発 → レビュー)が意識されていましたが、 モダンアジャイルでは、4 つの原則が循環的に作用する“ループ”のような構造を持っています。

たとえば、こんな流れを考えてみてください:

  1. チームが安心して挑戦できる(=安全を必須条件にする)
  2. その結果、新しい取り組みを実験的に試すことができる(=高速に実験&学習する)
  3. 実験の結果として、ユーザーに価値を継続的に届けることができる
  4. ユーザーやチームの反応を見て、「やってよかった」と感じることで、 メンバーが自信と成長を得て、最高に輝く状態になる(=人々を最高に輝かせる)

このように、それぞれの原則が他の原則を活性化させる“循環の仕組み”になっているのです。


3. どこから始めてもいいという柔軟さ

この 4 原則には、順番や階層がありません。 「1 から順にやらないといけない」という構造ではなく、どこから始めてもよいという柔軟性があります。

たとえば:

  • もしチームに発言しづらい空気があるなら、まず「安全を必須条件にする」から。
  • 開発が硬直しているなら、「高速に実験&学習する」から始めてもいい。
  • ユーザーとの距離を感じるなら、「継続的に価値を届ける」ことにフォーカスしてみる。

この柔軟性こそが、さまざまな現場にモダンアジャイルが適用できる理由です。


4. 相互に支え合う 4 原則の関係性

それぞれの原則は単独でも意味を持ちますが、他の原則と結びつくことで、さらに強く機能します。

● 安全があるから、学びと挑戦ができる

「安全を必須条件にする」があるからこそ、メンバーは失敗を恐れずに実験でき、 そこから学びが生まれます。

● 学びがあるから、価値が見える

「高速に実験&学習する」ことにより、ユーザーにとって本当に必要な価値が明確になり、 「継続的に価値を届ける」ことが可能になります。

● 価値を届けることが、人を輝かせる

届けた価値がユーザーに喜ばれることで、チームは手応えと誇りを得ます。 結果として、「人々を最高に輝かせる」ことにつながります。

● 輝きが、再び安全な挑戦を生む

メンバーが成長し、信頼が高まることで、安全な関係性がより強くなり、 次のチャレンジへの心理的・技術的な基盤が整っていきます。


5. 「ツール」より「行動」から始まる

ここで強調しておきたいのは、モダンアジャイルはツールやフレームワークに依存しないということです。

たとえば、「Make People Awesome」を実現するために、特定のツールやテンプレートは不要です。 大切なのは、「どういう価値ある行動を、誰のために取るか?」という視点です。

  • どのタイミングで声をかけるか
  • フィードバックをどう受け止めるか
  • 話し合いの場で誰の声が埋もれていないか

こういった“行動の質”が、文化や結果に影響していくのです。


6. 原則が問いを生み、対話を促す

4 つの原則は、チームにとって“問い”の種にもなります。

  • 「私たちは今、ユーザーを最高に輝かせているだろうか?」
  • 「最近、どんな実験をして学んだだろうか?」
  • 「届けた価値は、本当に使われているだろうか?」
  • 「このチームは、安心して発言・挑戦できているだろうか?」

こうした問いが、自然と対話やふりかえりを生み出し、行動変化へとつながるのです。


7. 循環が文化を育てる

最初は小さな行動かもしれません。 たとえば、「ふりかえりで安心して話せた」「ちょっとした仮説を試してみた」。

でも、その小さな行動が積み重なると、やがてチーム全体の空気が変わり始めます。 そして気づけば、それが“文化”になります。

モダンアジャイルは、単なるプロセス改善ではありません。 組織やチームの文化を育てるための、行動のループなのです。


8. 次章へ:人々を最高に輝かせるとは?

この章では、モダンアジャイルの 4 つの原則がどのように相互に関連し、循環するかを見てきました。 次の章では、いよいよその原則のひとつ――

「人々を最高に輝かせる(Make People Awesome)」

…この最も象徴的な原則について、より深く掘り下げていきます。

第 4 章:原則 ① ― 人々を最高に輝かせる(Make People Awesome)

1. この原則は、モダンアジャイルの象徴である

「人々を最高に輝かせる(Make People Awesome)」 ――この一文は、モダンアジャイルの中でも特に印象に残る表現でしょう。

“Awesome” という単語には、「すごい」「かっこいい」「圧倒的に素晴らしい」といった意味がありますが、 ここでは単に賞賛するのではなく、「人の可能性を引き出し、その人を最もよい状態にする」という意図が込められています。

この原則は、ユーザーに対してだけではなく、チームメンバー・関係者・ステークホルダーを含む、すべての人に対する姿勢を示しています。


2. 「成果を出すために人を使う」ではなく、「人が活きることで成果が出る」

従来の開発現場では、こんな考えがよく見られました:

  • 優秀な人に仕事を集めて、スピードを上げよう
  • 繰り返し作業を減らして、効率化しよう
  • 課題を“担当者”に割り振って、進捗管理しよう

これらは一見正しく見えますが、人を“リソース”として扱ってしまう発想でもあります。

モダンアジャイルの「人々を最高に輝かせる」は、まったく逆の視点を取ります。

  • 人が生き生きと働ける環境が整えば、自然と創造性が引き出される
  • 仲間に安心して頼れる関係性があれば、個人の限界を超えた力が生まれる
  • 誰かに貢献できたという実感が、次の挑戦へのエネルギーになる

つまり、「人が輝くことそのものが成果に直結する」という考え方です。


3. “誰”を輝かせるのか?

この原則における「人々(People)」とは、誰を指しているのでしょうか? これはモダンアジャイルの根幹にも関わる問いです。

● ユーザー

もちろん、プロダクトやサービスを使う最終的なユーザーは最優先の対象です。 単なる「満足」ではなく、「驚き」「喜び」「勧めたくなる体験」を提供することを目指します。

● チームメンバー

日々手を動かし、課題に向き合っている開発チームのメンバーも対象です。 彼らが安心し、学び、成長できる環境こそが、アジャイルの推進力になります。

● ステークホルダー

プロダクトオーナー、ビジネス部門、企画担当、ユーザーサポート―― 開発に関わるすべての人たちも、輝ける対象として扱います。

この原則のポイントは、「チーム内だけで完結しない」ということです。 関わる全員が、良い体験をし、良い影響を受けられるように働きかけるのです。


4. どうすれば人は“最高に輝く”のか?

人が「最高に輝いている」状態とは、どのようなものなのでしょうか? いくつかの視点で整理してみましょう。

✅ ユーザーにとっての“Awesome”

  • シンプルで直感的に使える UI
  • 生活や仕事の課題が、本質的に解決される
  • 「このサービスに出会えてよかった」と思えるような体験

✅ チームメンバーにとっての“Awesome”

  • 安心して意見やアイデアを出せる
  • 挑戦や提案が歓迎される
  • 自分の仕事が“人の役に立っている”と実感できる

✅ ステークホルダーにとっての“Awesome”

  • チームとの対話がスムーズで、信頼感がある
  • 要望が“理解されたうえで”形になる
  • 「このプロジェクトに関わってよかった」と思える

このように、“Awesome”は、感情・関係性・体験の質に深く関わる概念です。 数値や KPI だけでは測りきれない「人の満足と成長」に焦点を当てています。


5. 表面的な元気づけではない

「人を輝かせる」と聞くと、モチベーションアップやポジティブシンキングの話と混同されることがあります。 しかし、ここでいう“輝かせる”とは、単なる「褒める」「元気づける」ではありません。

たとえば:

  • 「がんばれ!」「大丈夫だよ!」という言葉だけでは、行動は変わりません。
  • 表面的な賞賛や称賛では、長続きしません。
  • 上からの“励まし”が、逆にプレッシャーになることもあります。

重要なのは、「人が安心して力を発揮できる場」をつくることです。 つまり、「安全な場」×「意味ある挑戦」×「手応えある成果」―― この 3 つがそろって、初めて“輝ける状態”が生まれるのです。


6. 実際の現場でどう実践するか?

では、実際の現場でこの原則をどう活かせばよいのでしょうか? 次の章では、「人々を最高に輝かせる」を文化・習慣・ツールとして根付かせるための工夫や事例を紹介していきます。

  • 心理的安全性をどう醸成するか?
  • チームのポジティブな対話をどう支援するか?
  • ステークホルダーとどう関係を築くか?

こうした問いに答えながら、具体的な実践アプローチを掘り下げていきます。


7. まとめ:この原則がすべての出発点

「人々を最高に輝かせる」――この原則は、モダンアジャイルの象徴的なスタート地点でもあり、 他の 3 原則すべてを内包・連動させる中心軸でもあります。

人が輝けば、挑戦が生まれます。 挑戦があれば、学びが起きます。 学びを通じて、価値を届けることができます。 価値が届けば、また人が輝きます。

このポジティブな循環の起点として、 まず「誰かの“最高”を引き出す」ことから始めてみましょう。

第 5 章:原則 ① の実践 ― 安心が挑戦を支える

1. 表面的な「応援」ではなく、土壌をつくる

前章では、「人々を最高に輝かせる(Make People Awesome)」という原則の考え方を紹介しました。

しかし実際の現場では、「どうすれば人は本当に輝くのか?」という問いに対して、 具体的なアクションがなかなか見えてこないことがあります。

  • 褒めればいいの?
  • ポジティブな言葉をかければいいの?
  • モチベーション研修を受ければいいの?

…残念ながら、それだけでは十分ではありません。

人が本当に輝けるためには、「安心して挑戦できる土壌」が不可欠です。 この章では、その土壌をどう耕し、育てていくかに焦点を当てていきます。


2. 安全があってこそ、勇気が育つ

「勇気を持て」と言われても、土台が不安定なら一歩は踏み出せません。

たとえば、こんな現場の風景を思い浮かべてください:

  • 会議で発言した新人に対し、「それは甘いね」と切り返すベテラン
  • バグを出したエンジニアが、詰問されて言い訳を繰り返す
  • 振り返りの場で、問題を提起した人が“空気を壊した”と責められる

これらの状況では、人は挑戦どころか発言すら控えるようになります。 つまり、「失敗=攻撃対象」という文化が、チームから行動を奪っていくのです。

モダンアジャイルでは、この逆を目指します。 「失敗=学び」「提案=歓迎」という空気が、勇気ある行動を後押しするのです。


3. 実践例 ①:知識の共有と相互支援文化

チームの中で、以下のような文化があるとどうなるでしょうか?

  • ペアプログラミングやモブプロを通じて、知識が自然に伝播する
  • 誰かが困っているときに、「ちょっと一緒に見ようか?」と声をかける
  • Slack やチャットに「ナイスリリース!」「あれ助かりました!」という言葉が飛び交う

これはまさに「Make People Awesome」の土壌です。

知識が特定の人に閉じず、助け合いが自然に発生し、 それがメンバーの自信と感謝につながるサイクルを生みます。


4. 実践例 ②:振り返りを“責任追及”から“未来志向”へ

振り返り(レトロスペクティブ)は、アジャイルの重要なイベントですが、 これが「反省会」「犯人探しの場」になってしまっては逆効果です。

モダンな振り返りでは、以下のような問いを立てます:

  • 今回の経験から、どんな学びがあったか?
  • 次に活かせる工夫はなにか?
  • 誰かの貢献を感じた瞬間はあったか?

これにより、失敗も成功も「チームの財産」として再構成されます。 その結果、メンバーは「ここで話しても大丈夫」という心理的安全性を感じられるようになります。


5. 実践例 ③:ポジティブな可視化の工夫

チームの雰囲気を支えるには、“言葉の積み重ね”と“空間の工夫”も効果的です。

● 感謝カードやポジティブログ

  • 「ありがとう」と思った瞬間を紙やチャットに記録する
  • 定例の場で 1 人ずつポジティブフィードバックを共有する
  • ホワイトボードや KPT に「Keep(良かったこと)」を充実させる

こうした習慣は、自己肯定感とチーム信頼感の蓄積に直結します。

● チームボードに“Awesome 体験”を残す

  • 「ユーザーが褒めてくれた言葉」
  • 「開発チームで乗り越えた困難」
  • 「小さな成功や気づき」

こうした“良い記憶”をチームの見える場所に貼っておくだけで、 「ここは挑戦しても大丈夫な場だ」という無言のメッセージが生まれます。


6. 実践例 ④:ステークホルダーのふるまい

ステークホルダーにとっても、「人々を最高に輝かせる」ことは他人事ではありません。 特に、次のような言動は大きな影響を与えます:

  • 「失敗しても学びがあれば OK」と明言する
  • 改善提案に対して、「やってみよう」と反応する
  • 成果が出なかったとき、「次はどうすればいいか?」と建設的に聞く

このような関わりは、チームに対して「信頼されている」「任されている」という自信を与えます。

ときに、1 つの言葉が、10 のルールよりも強く文化をつくるのです。


7. 自分も輝かせる ― 内側の“Awesome”も大切に

この原則にはもうひとつ大切な視点があります。

それは、「人を輝かせる」という行為そのものが、自分自身にも良い影響を与えるということです。

たとえば、

  • 誰かの成長を助けたとき、自分も達成感を得る
  • 感謝を伝えたとき、相手だけでなく自分も温かくなる
  • 助けを求められたとき、頼られた喜びを感じる

つまり、「Make People Awesome」は双方向の価値なのです。

誰かを輝かせることが、自分を輝かせることにつながる。 この原則は、“全員が主役”であるチーム文化を育てていきます。


8. まとめ:安心と感謝が文化をつくる

「人々を最高に輝かせる」という原則は、 勇気や挑戦を無理やり引き出すものではありません。

その前提には、

  • 安心して発言できる空気
  • 助け合いが当たり前の文化
  • 小さな成功を大切にする習慣
  • ステークホルダーの支援的な関与

が必要です。

そしてそれらはすべて、「人をリソースではなく、人として見る」ことから始まります。

次章では、2 つ目の原則―― 「高速に実験&学習する(Experiment & Learn Rapidly)」 …このテーマについて掘り下げていきましょう。

第 6 章:原則 ② ― 高速に実験&学習する(考え方と意義)

1. 学びこそが最大の競争力

「高速に実験&学習する(Experiment & Learn Rapidly)」 ――この原則は、変化の激しい現代において、最も重要な“生存戦略”と言えるかもしれません。

なぜなら今、ソフトウェア開発だけでなく、ビジネス環境全体がこうなっているからです:

  • 正解がない
  • 要求がすぐに変わる
  • 競合は明日には別の方向に動いている

このような状況では、「一度きりの正しい判断」よりも「高速な学びのループ」の方が、はるかに価値を持ちます。


2. 正解を探すより、仮説を試す

私たちは往々にして、「正解を出さなければ」と考えがちです。

  • 仕様を完璧に詰める
  • 設計を固めてから実装する
  • 調整を重ねてからユーザーに見せる

しかしこのスタイルは、変化が激しい状況ではむしろリスクになります。

  • 想定したユーザー行動と現実がズレていた
  • 想定より優先度の高い課題が途中で見つかった
  • 完成後に「いらなかった」と言われてしまった

…そんな経験、誰しもあるのではないでしょうか。

だからこそモダンアジャイルではこう言います:

「まず、やってみよう」 > 「そして、そこから学ぼう」

このマインドセットこそが「高速に実験&学習する」の原点です。


3. 実験とは、小さな仮説検証の積み重ね

ここで言う「実験」は、研究室のような大仰なことではありません。

  • UI を 2 パターン作って比較する
  • プロトタイプを社内で試してみる
  • 一部のユーザーにだけ新機能を開放してみる

こうした「仮説 → 試す → 観察 → 学ぶ」のループこそが、 この原則の本質です。

キーワードは小さく、早く、繰り返す。 大がかりな調査やリサーチよりも、「今、できる範囲で確かめる」姿勢が重要です。


4. “失敗しない”ではなく、“学ばないのが失敗”

この原則を正しく活かすには、次の前提を共有する必要があります:

実験は失敗してもいい。 失敗から学ばなければ、それが本当の失敗である。

つまり、「やってみたけどダメだった」ことは成功なのです。 なぜなら、“ダメな方法が 1 つ減った”という学びが得られたから。

この考え方は、特に若手メンバーや挑戦に消極的な現場に対して、心理的ハードルを大きく下げてくれます。

たとえば、こんなメッセージをチームで共有してみてください:

  • 「やってみたこと自体が価値だった」
  • 「いいね、これは仮説として良い失敗だ」
  • 「ナイスチャレンジ、そこから何がわかった?」

これだけで、チームの文化が変わり始めます。


5. 学びとは、行動と対話から生まれる

「学習」という言葉は、座学や読書を連想しがちですが、 モダンアジャイルの文脈では、それだけでは不十分です。

ここで言う“学び”とは、

  • 実行してみること(行動)
  • その結果を振り返ること(対話)

のセットで成立します。

つまり、「実験と学習」とは、「Do」と「Reflect」のサイクルです。

1 回やって終わりではありません。 毎週、毎日、小さなトライを積み重ねる中で、チームの“思考力”と“観察力”が育っていくのです。


6. 結果よりプロセスに価値があることを共有する

ステークホルダーやマネジメント層にも、この価値観の共有は欠かせません。

  • 「まだ成果が出ていないから価値がない」
  • 「仮説検証ばかりで本業が進んでいない」

…そう思われてしまうと、現場は委縮します。

だからこそ、次のようなコミュニケーションが必要です:

  • 「これは価値のある“途中経過”です」
  • 「この学びをもとに、次はこれを試します」
  • 「実験をしたから、不要なコストが防げました」

モダンアジャイルでは、“結果”よりも“学びの質”が尊ばれる文化を育てることが重要です。


7. まとめ:「速く学べる組織」こそ最強

高速に実験&学習することは、次のような効果をもたらします:

  • 不確実性に強くなる
  • 変化に柔軟に対応できる
  • 新しいアイデアが生まれやすくなる
  • チームの自律性と自信が育つ

そして何より、「挑戦して、失敗して、学ぶ」という営みそのものが、 メンバーの成長と、組織の進化を支えてくれるのです。

次章では、この原則をどのように実践に落とし込むか―― ツールや具体的な手法、現場での工夫などを紹介していきます。

第 7 章:原則 ② の実践 ― 仮説思考と学びの仕組み

1. 学びを文化にするための「仕組み化」

「高速に実験&学習する」という原則は、マインドセットの変化だけでは実現できません。 それを支える仕組みや環境があって初めて、継続的に回せるようになります。

この章では、チームが自然に仮説を立て、行動し、学びを得られるようにするための実践的な方法とツールを紹介します。


2. 仮説キャンバスで「考えてから動く」

最初のステップは、仮説を「書いてから試す」ことです。

● 仮説キャンバスとは?

仮説キャンバスは、行動の前に意図と想定を明確にするためのテンプレートです。

要素内容
仮説私たちは ○○ だと考えている
実験方法それを ×× という方法で試す
成功条件△△ になったら仮説が正しいといえる
学び結果から何を得たか、次に何をするか

付箋・ホワイトボード・Miro・Notion など形式は自由ですが、「言語化して共有すること」が重要です。


3. 安全かつ効果的な実験の手段

🧪 A/B テスト:感覚ではなくデータで判断

A/B テストとは、2 つの選択肢(A と B)を比較して効果の差を測る手法です。 「どちらが成果に貢献するか」を、実際のユーザー行動から判断できます。

実例:ボタン文言の比較

  • 仮説:「“無料で試す”の方がクリックされやすいはず」
  • 実施:A =「申し込む」、B =「無料で試す」で同時に表示
  • 観察:どちらがクリック率・申込率が高かったか

活用ステップ

  1. 仮説を立てる
  2. UI/機能の 2 パターンを用意
  3. ユーザーを自動振り分け
  4. 指標を比較(クリック率・CV など)
  5. より良い方を採用する

ステークホルダー向け説明

  • 「直感ではなく実データで判断できます」
  • 「社内の意見が分かれても、ユーザーが決めてくれます
  • 意思決定の納得感が高まります」

🚩 フィーチャーフラグ:出荷しても公開しない選択肢

フィーチャーフラグは、コードを出してもユーザーに見せない状態を保てるスイッチ機構です。

実例:新検索機能を社内だけに先行公開

  • コードは本番に入っている
  • feature.searchV2 = true のユーザーだけに表示
  • 問題なければ徐々に全体公開

活用ステップ

  1. 機能ごとに「ON/OFF スイッチ」を実装
  2. 社内・早期ユーザー・特定ドメインなど対象を限定
  3. 問題があれば即座に OFF へ(ロールバック)

ステークホルダー向け説明

  • 段階的に公開できるから安全」
  • 小さく試せるから早く出せる」
  • 「不具合が起きてもすぐ止められる保険がある」

4. ふりかえりで“学び”を深める

ふりかえりは、実験の結果から学びを得る重要な場です。

● 学びを深める問いかけ

  • 仮説はどこが当たっていたか?ズレていたか?
  • 想定外のことが起きたのはなぜか?
  • 次に活かすならどうする?

● フレーム例

  • YWT(やった/わかった/次にやる)
  • Fun/Done/Learn
  • 4Ls(Liked / Learned / Lacked / Longed for)

「うまくいった」「いかなかった」に留まらず、“なぜそうなったか”を掘り下げるのがポイントです。


5. ナレッジの可視化で「学びを資産」にする

学びは蓄積しなければ、すぐに忘れられてしまいます。

● 可視化の工夫

  • 学びボード(ふせんで貼り出す)
  • Slack の #learned チャンネル
  • Notion/Wiki で実験の履歴を管理

これらは「その場で消費される知識」ではなく、 “再利用可能な知識”として残すことができる仕掛けです。


6. ステークホルダーも「学習パートナー」に

仮説検証や A/B テストは、開発チームだけでなくビジネスサイドとの連携が重要です。

● 対話を促す問いかけ

  • この施策、仮説はなんですか?
  • この結果、何が見えてきましたか?
  • どうすればもっと早く検証できたでしょうか?

こうした問いを共有することで、ステークホルダーも「実験と学びの仲間」として巻き込むことができます。


7. まとめ:「試して、学ぶ」文化は技術と設計で支える

本章で紹介した仕組みは、すべて“挑戦を当たり前にするための土台”です。

  • 仮説キャンバスで思考を可視化
  • A/B テストで意思決定の精度を高め
  • フィーチャーフラグで安心して公開し
  • ふりかえりとナレッジ管理で学びを定着させる
  • 対話で、チームとステークホルダーを繋ぐ

これらを通じて、「高速に実験&学習する」は、スローガンではなく日々の働き方そのものになります。

第 8 章:原則 ③ ― 継続的に価値を届ける(考え方と実践の意義)

1. 「届けて終わり」から「届け続ける」へ

モダンアジャイルの 3 つ目の原則は、 継続的に価値を届ける(Deliver Value Continuously)です。

これは、アジャイル開発における最も基本的かつ強力な姿勢でもあります。

  • 「全部できてからリリース」ではなく
  • 「少しずつ届けて、改善を続ける」

この価値観がもたらすのは、単なる開発スピードではありません。 ビジネスとユーザー、そしてチーム全体の“健全な循環”です。


2. なぜ「継続的に」が重要なのか?

● 価値の“鮮度”は時間とともに落ちる

  • 昨日ほしかった機能が、今日には不要になることもある
  • 市場のニーズが変わるスピードは、かつてなく速い

だからこそ、届けるタイミングが遅れることは、機会損失に直結します。

● 「早く届ける」と「早く学べる」はセット

小さな価値を早く届ければ、早くユーザーの反応を得て、早く次の価値を見つけられる。 これが高速な仮説検証と組み合わさり、さらに改善サイクルを回してくれます。


3. 「継続的に価値を届ける」の誤解と真意

❌ 誤解しやすい:「毎週なにか出せばいい」

  • 毎週リリースすればアジャイルっぽい?
  • とりあえず何かしら動いていればいい?

…それでは、ただの“納品スプリント”になってしまいます。

✅ 真意:「ユーザーやビジネスに意味ある価値を、小さく、早く、継続的に届ける」

継続的な価値提供とは、「届けたものが実際に価値として受け取られる」ことまで含みます。


4. 「価値」とは何か?――その定義を共有する

継続的に届けるべき「価値」とは何か? この問いは、チーム内で意外とズレていることがあります。

● 価値の例(文脈によって異なる)

  • 利用者の課題を解決する新機能
  • 操作が簡単になる UI の改善
  • 不具合修正によるストレス軽減
  • セキュリティ強化による安心感
  • ビジネス側の運用負荷軽減

重要なのは、「価値の定義を共有する」こと。 PO やステークホルダーとの認識のズレをなくすことで、“届ける対象”がブレなくなります。


5. 実践の鍵は「小さく分けて早く出す」

価値を継続的に届けるために最も効果的なのが、 「機能を分割する力(スライシング)」です。

● スライシングの工夫例

  • 一括登録 → CSV 取込 → 手動登録 → 最小画面だけ先出し
  • フル機能のレポート → Excel 出力 → JSON API → PDF 帳票はあとまわし
  • 全体設計 → 1 ユースケースだけまず実装 → 他は観察して展開

「全部そろっていなくても“今すぐ届けられる部分”はないか?」 この問いかけが、継続的な価値提供の第一歩です。


6. デプロイとリリースは分けて考える

この原則を実践する上で重要な技術的概念があります。 それが、「デプロイ(環境に配置)」と「リリース(ユーザーに提供)」の分離です。

● フィーチャーフラグとの連携

  • コードは先にデプロイしておき、タイミングを見て公開
  • 社内限定で先に使ってフィードバックを得る
  • トラブルがあればすぐ OFF にできる

これにより、「届けること」への心理的ハードルが下がるのです。


7. 技術的プラクティスと自動化の力

継続的な価値提供を支えるのは、自動化された技術基盤です。

● 必須となる技術要素

  • CI/CD パイプライン:ビルド・テスト・デプロイを自動化
  • 自動テスト:安心して頻繁にリリースできる仕組み
  • 監視とログ:リリース後の品質や不具合をすぐに把握

これらが整っていないと、「継続的に出す」ことはプレッシャーになってしまいます。 逆に言えば、これらの整備こそが、アジャイルの“土台”になります。


8. ステークホルダーとの合意と期待値調整

継続的な価値提供には、ステークホルダーの期待値マネジメントが欠かせません。

● 合意したいこと

  • 小さく出す=未完成ではなく、進化の第一歩
  • 完璧ではないが「いま必要な価値」を優先して出す
  • 「止まらずに届けること」で、長期的に最適化していく

「完成してからレビュー」ではなく、「途中でも一緒に見て考える」という協働姿勢が、 継続的な改善を支えます。


9. まとめ:届け続けることで、価値の循環が生まれる

  • 小さく届けることで、早く学べる
  • 学びが次の価値につながる
  • 技術と仕組みで、それを無理なく支える
  • ステークホルダーと共に「価値の連鎖」をつくっていく

これが、「継続的に価値を届ける」ことの真の力です。

第 9 章:原則 ④ ― 安全を必須条件にする(文化とシステムの土台)

1. 安全がなければ、アジャイルは成立しない

モダンアジャイルの最後の原則は、 「安全を必須条件にする(Make Safety a Prerequisite)」です。

一見すると「セキュリティ対策?」と思われるかもしれませんが、この原則が指しているのはもっと広く、もっと根本的なこと――

それは、心理的・技術的・組織的に安心して挑戦できる土台のことです。

アジャイルは「変化への適応」が前提のプロセス。 その変化を支えるには、安心して声を上げられる環境と、壊れない技術の基盤が欠かせません。


2. 心理的安全性:チームの土台をつくる

● 心理的安全性とは?

心理的安全性とは、「チームの中で、自分の意見や疑問を安心して言える」状態です。 Google の研究でも、「成功するチームに共通するのは心理的安全性の高さ」であると示されました。

● こんな状態が危険サイン

  • 「こんなこと聞いたらバカにされるかも」と思って質問をためらう
  • 問題に気づいていても、空気を読んで黙ってしまう
  • ミスを報告すると叱責されるから隠してしまう

このような状態では、学習も改善も進みません。

● 安心できる場をつくるために

  • ふりかえりで感情も共有する:「困ってた」「焦ってた」なども OK にする
  • 失敗を責めない文化:「誰が」ではなく「なぜ」に注目する
  • リーダーが弱さを見せる:上の人が「わからない」と言える雰囲気をつくる

心理的安全性は「言ってもいい」ではなく、「言っても大丈夫と感じられる」ことです。


3. 技術的安全性:安心して変更できるシステムをつくる

● 怖くて変更できないシステムは“負債”

  • 小さな修正が大きな不具合を生む
  • どこを変えたら何が壊れるかわからない
  • リリース作業が手作業でヒヤヒヤ

こうなると、「改善したいのに怖くて触れない」状態に陥ります。

● 技術的安全性を支える仕組み

  • 自動テスト:壊したらすぐ気づける
  • CI/CD:リリースまでの手順が定型化・自動化されている
  • モニタリングとアラート:異常に即座に気づける
  • Feature Flag:万が一のときにも切り戻せる

「安全にリリースできる」ことが、継続的な改善を可能にするのです。


4. 組織的安全性:立場を超えて声が届く

● ステークホルダーの圧に耐えられないチーム

  • 「上からの指示だから」と無理なリリースを強行
  • バグが出たときに現場が矢面に立たされる
  • 現場の知見が経営や上層部に届かない

このような組織では、どれだけチームが頑張っても限界があります。

● 上下関係を超える“安心な対話”

  • 意見を出すときに「理由」と「前提条件」をセットで説明する
  • 結果ではなく「学び」に価値を置く文化
  • ステークホルダー側も、「早く正確に出す」ではなく「共に良くする」姿勢を持つ

「対立」ではなく「共創」の姿勢が、安全な組織文化を育てる鍵です。


5. 安全を守るためのデザインとプロセス

● セーフティネットを“デザイン”する

  • ペア作業・モブ作業:1 人で抱えない
  • コードレビュー:全体最適の視点で品質を見る
  • フェーズごとのチェックリスト:抜け漏れを防ぐ

安全は「頑張って守る」ものではなく、設計して守るものです。


6. 「安全=停滞」ではない

安全を重視すると、「慎重すぎて遅くなる」と思われがちですが、 実際はその逆です。

  • 安全なチームは、改善提案が活発になる
  • 安全な技術基盤は、変更スピードを高める
  • 安全な組織は、意思決定が速くなる

つまり、安全はスピードを支える土台なのです。


7. まとめ:すべての挑戦の前提に「安全」がある

  • 心理的安全性が、チームの学びを支える
  • 技術的安全性が、変更と改善のスピードを支える
  • 組織的安全性が、声を届ける仕組みになる

アジャイルとは変化に対応し続けること。 そして、変化の中で最も重要なのは――「安全があるから挑戦できる」という前提なのです。

第 10 章:モダンアジャイルの実践 ― チームと文化に根づかせるには?

1. 「4 つの原則」はスローガンではない

ここまで紹介してきたモダンアジャイルの 4 つの原則は、どれも心に響くものばかりです。

  • 人々を最高に輝かせる
  • 高速に実験&学習する
  • 継続的に価値を届ける
  • 安全を必須条件にする

しかし、これらはポスターに貼って眺めるものではありません。 “日常の行動や判断”として根づいて初めて意味を持ちます。

この章では、これらの原則を現場に浸透させていくための文化的・技術的アプローチを紹介します。


2. 小さく始めて、対話から広げる

● 全体に一気に導入しようとしない

モダンアジャイルは「一括導入」するものではありません。 どれか一つの原則から、小さく試すことから始めましょう。

たとえば:

  • 「ふりかえりで“心理的安全性”について話してみる」
  • 「1 機能だけフィーチャーフラグで管理してみる」
  • 「“価値”とは何かを PO と定義してみる」

こうした動きが、徐々にチームの価値観を変えていきます。


3. 技術面:仕組みで原則を支える

4 つの原則を「ただの理念」で終わらせないために、技術の力が必要です。

原則技術で支えるもの
人々を輝かせる開発者体験の向上、ツールの統一、ドキュメント整備
実験&学習フィーチャーフラグ、A/B テスト、ログ・メトリクス
継続的価値提供CI/CD、自動テスト、スライス設計
安全テスト自動化、モブ/ペアプロ、障害検知・ロールバック

特に「安全の実現」は技術に依存します。 技術的負債を放置したままでは、モダンアジャイルは根づきません。


4. 文化面:行動と会話を変える

文化は「掲げるもの」ではなく、繰り返される行動のパターンです。

たとえば:

  • 毎朝の朝会で「昨日の学び」を共有する
  • ミスが起きたとき、「誰が悪い」ではなく「なぜ起きたか」を話す
  • 計画時に「それはユーザーにとって価値があるか?」と問いかける

こうした言動がチームの空気を変え、文化をつくります。


5. モダンアジャイルと従来アジャイルの違い

モダンアジャイルは、Scrum や XP といった従来のアジャイルフレームワークとは少しアプローチが異なります。

観点従来アジャイルモダンアジャイル
実践フレームワーク中心(役割・イベント)原則中心(価値観・行動)
規律プラクティスが先にある原則が先にあり、プラクティスは自由
目的プロセスの適応力人・価値・学び・安全の向上

どちらが優れているという話ではなく、補完し合うものです。 Scrum や XP の運用にモダンアジャイルの視点を加えることで、より本質的な改善が可能になります。


6. 実践のハードルとその超え方

● 「やりたいけど、忙しくて余裕がない」

  • → だからこそ「安全」と「小さく始める」が重要
  • → 小さな変化でも、原則に沿っていれば意味がある

● 「この文化をチームに広げたいが、1 人では難しい」

  • → 同じ志の仲間を少しずつ巻き込む
  • → まずは“自分のふるまい”から変えてみる

変化の始まりは、1 人の問いかけと、小さな実践です。


7. ステークホルダーと原則を共有する

チーム内だけでモダンアジャイルを実践していても、 ステークホルダーとの考え方にズレがあると、実行の足を引っ張られてしまいます。

● ステークホルダーとの共有のコツ

  • 4 つの原則を「技術論」ではなく「価値観」として説明する
  • 「ユーザーに価値を届けたい」ことは、誰もが共感できるはず
  • 安全があるからこそ“早く、でも壊れずに出せる”ことを伝える

一緒に「どうすればこの原則を活かせるか?」を対話できると、 共通の基盤の上で協働できるようになります。


8. まとめ:現場にモダンアジャイルを根づかせるには

  • 小さく始めて、小さな成功を積み重ねる
  • 技術で支え、行動で育み、対話で広げる
  • 原則を掲げるのではなく、“日常の判断基準”として使う

それが、モダンアジャイルを単なる理想論で終わらせない、 本当に使える「実践」へと変える道です。

第 11 章:ステークホルダーの関わり方 ― 共に“負けない現場”を育てるには?

1. アジャイルは「開発チームだけ」の話ではない

アジャイルというと、スクラムマスターや開発チームだけの話と思われがちです。 しかし本来アジャイルは、ビジネス側やステークホルダーも一体となって価値を届けるプロセスです。

  • 現場がいくらモダンアジャイルを実践しようとしても
  • ステークホルダーが従来のマインドに縛られていては
  • チームは“アジャイル風”にしか動けなくなってしまう

この章では、ステークホルダーがどのようにアジャイルに関わり、支援できるのかを考えていきます。


2. ステークホルダーに求められる 3 つの役割

● ① 共通の目的を持つパートナー

  • 「納品させる側」ではなく、「価値を共に届ける仲間」へ
  • 「仕様通りか」より「目的に合っているか」を見る視点

● ② 決断を支える情報提供者

  • 市場の変化・ビジネス要請・ユーザーの声など、開発チームに届ける役割
  • プライオリティ判断の材料を持っているのはビジネス側

● ③ 実験と学習の支援者

  • 「やってみよう」に対して後押しをする
  • A/B テストの環境調整や、リリースタイミングの調整などを支援する

3. ステークホルダーができる 4 つの具体的行動

✅ 1. 仮説に耳を傾ける

  • チームが「この機能はこう効くと思う」と語るとき、それは仮説です
  • その仮説を「失敗前提の前向きな挑戦」として受け止める姿勢が、学びを後押しします

✅ 2. “今ある価値”を評価する

  • リリースされた成果に対して「これは完璧か」ではなく、「これで何が進んだか」を評価
  • 継続的な価値提供に対してフィードバックを積み重ねる

✅ 3. チームに安心感を与える

  • ミスや遅れに対して感情的な圧をかけず、「どう学んだか」を聞く
  • 成果だけでなくプロセスや挑戦の質にも目を向ける

✅ 4. 共にふりかえる

  • チームのふりかえりにときどき参加し、「学びの文化」を共有する
  • フィーチャーの評価や課題のすり合わせを、現場と一緒にレビューする

4. “完璧な要件”より“早く気づく”仕組みを一緒に考える

ステークホルダーが「最初から正しい仕様を出そう」とするほど、 チームは試行錯誤がしにくくなります

  • 要件の正確さを求めるのではなく、早く学ぶ前提の設計に変える
  • 完璧な計画より、「今の仮説と検証方法」を共有することに価値がある

この発想の転換が、モダンアジャイルの最大の鍵です。


5. 成果だけでなく、挑戦のプロセスにも注目する

アジャイルでは、必ずしも短期の成果が最大化されるとは限りません。 でもその裏では、価値を生むための学びと改善が蓄積されています。

  • 実験がうまくいかなかった → なぜかがわかった → 次に活かせる
  • 声を聴いて設計変更 → 顧客との関係が深まった

こうした“価値の予兆”に気づけるかどうかが、ステークホルダーとしての腕の見せどころです。


6. チームとの関係を「契約」から「信頼」へ

従来のウォーターフォール型では、仕様書とスケジュールをもとに「契約」のような関係が築かれがちでした。

モダンアジャイルの関係はもっとフラットで、もっとオープンです。

  • 不確実性を共有する
  • 仮説に一緒に乗る
  • 成功も失敗も一緒に受け止める

これは信頼がなければ成立しない関係です。


7. まとめ:ステークホルダーも“モダンアジャイルの一員”になる

モダンアジャイルは、開発手法ではなく「ありたい状態の指針」です。 それは、ステークホルダーにとっても同じ。

  • 共に価値を考えるパートナーになる
  • 学びや挑戦を支援する後押し役になる
  • チームの安全とスピードを共に育てる存在になる

この姿勢が、本当に強いアジャイルチームを育てます。 そしてそれは、組織全体に「負けない文化」が広がっていく第一歩でもあるのです。

第 12 章:まとめ ― モダンアジャイルの原則を現場に活かすために

1. モダンアジャイルは“原則”から始まるアプローチ

モダンアジャイルは、特定のプロセスや役割に依存しない、より本質的な考え方に基づいたアプローチです。

  • どのチームにも使える「行動指針」としての 4 原則
  • プロセスやツールに縛られず、価値を届ける本質にフォーカスする

この柔軟性こそが、さまざまな組織・プロジェクト・文化にフィットする理由です。


2. モダンアジャイルの 4 原則を再確認する

原則意味と実践のポイント
人々を最高に輝かせる組織やチームのメンバーが、能力を最大限に発揮できるように支援する
高速に実験&学習する仮説ベースで小さく試し、失敗から素早く学ぶサイクルを回す
継続的に価値を届ける小さく・頻繁にリリースし、ユーザーに価値を届け続ける
安全を必須条件にする心理的・技術的に安心して挑戦できる環境を整える

この 4 つは独立しているように見えて、相互に密接につながり合っています


3. 原則を実践に落とすにはどうするか?

● スローガンではなく、判断基準にする

「モダンアジャイルをやっているか?」ではなく、 「今のこの行動・設計・選択は、原則に沿っているか?」と問い続けることが大切です。

たとえば:

  • レビュー時に「この改善案は誰を輝かせるか?」と考える
  • 計画の段階で「何を学ぶための実験か?」を明確にする
  • 優先順位を決めるときに「一番早く価値が届くのはどれか?」で判断する
  • リリース判断時に「この仕組みは安全か?」を自問する

4. チームと一緒に“意味づけ”しながら運用する

モダンアジャイルの原則は抽象度が高いため、その意味を現場に合う言葉に落とし込むことが重要です。

  • 「人々を輝かせるって、うちのチームではどういうこと?」
  • 「実験と学習って、何が“実験”で、どこで“学ぶ”の?」
  • 「安全って、誰にとって? どこが不安?」

このような問いをチームで繰り返すことで、 モダンアジャイルはチームの“自分ごと”として根づいていきます


5. モダンアジャイルは“今”を変えるためのツール

モダンアジャイルの良いところは、 「まず全部そろっていなくても、一部からでもすぐに使える」ことです。

  • 自動テストが整っていなくても「実験の文化」はつくれる
  • スクラムをやっていなくても「価値提供の視点」は持てる
  • リーダーじゃなくても「安全をつくる行動」はできる

つまり、“今の現場”に合わせて柔軟に使えるガイドラインなのです。


6. まとめ:原則を、日々の選択に活かしていく

モダンアジャイルは「こうすれば成功する」というレシピではありません。 でも、変化の多い現場の中で正しい方向に進むための“方位磁針”になります。

  • チームやプロダクトが迷ったとき
  • 進め方に違和感があるとき
  • 成果が出ない理由が見えないとき

そんなときこそ、4 つの原則に立ち返ってみてください。 きっと、次の一歩のヒントが見つかるはずです。

あとがき:日々の現場に、モダンアジャイルを

本書を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

モダンアジャイルは、特定のフレームワークやツールに縛られることなく、 どんな現場にも持ち込むことができる、柔軟で本質的な指針です。

私たちは日々、変化する要件、複雑な関係、止まらない技術の進化の中で、 「どうすればよいチームがつくれるか」「どうすれば価値が届けられるか」を模索し続けています。

その中で、モダンアジャイルの 4 つの原則は、 道に迷いそうになったときの方角を教えてくれるコンパスのような存在です。

  • 目の前の人が力を発揮できているか
  • 今この瞬間も学びがあるか
  • ユーザーに継続して価値を届けられているか
  • 安心して挑戦できる空気があるか

これらの問いを日々の選択に取り入れることが、 どんな組織にも通じる“モダンアジャイルの実践”だと信じています。

この本が、あなたのチームにとっての次の一歩のヒントになれば幸いです。

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