- はじめに
- 1.1 アジャイルの語源と由来
- 1.2 「速さ」より「しなやかさ」
- 1.3 障害物競走に学ぶ柔軟性のイメージ
- 1.4 アジャイルを支える「適応力」とは
- 2.1 「変化がないことが例外」の時代
- 2.2 AI の進化と小さな商店の話
- 2.3 コロナ禍が教えてくれた予測不能性
- 2.4 先の読めない VUCA の世界
- 2.5 長期計画は“幻想”になりつつある
- 3.1 変化に気づく力
- 3.2 やり方を変える勇気
- 3.3 小さく試して学ぶ
- 3.4 正解は一つではない
- 3.5 ガーデニングのように育てる
- 3.6 変化を味方にするチームへ
- 4.1 言葉だけが独り歩きするアジャイル
- 4.2 誤解 ①:仕様はなくていい?
- 4.3 ほどほどの仕様という考え方
- 4.4 誤解 ②:計画はいらない?
- 4.5 スポーツの練習のような計画
- 4.6 誤解 ③:ドキュメントはいらない?
- 4.7 引っ越しメモのようなドキュメント
- 4.8 誤解を解いて初めて活きる
- 5.1 ウォーターフォール型開発とは?
- 5.2 ウォーターフォールの強みと弱み
- 5.3 アジャイルは「小さく作って、すぐ確認」
- 5.4 両者の違いを整理する
- 5.5 例え話:設計図のある家、作りながらの DIY
- 5.6 両者を使い分ける視点
- 6.1 アジャイルの目的は何か?
- 6.2 プロダクトのイノベーション
- 6.3 プロセスのイノベーション
- 6.4 マインドのイノベーション
- 6.5 イノベーションは三位一体
- 7.1 あの有名な図が示すもの
- 7.2 笑えない“現場あるある”
- 7.3 なぜズレは起きるのか
- 7.4 アジャイルはズレに“早く気づく”仕組み
- 7.5 ステークホルダーの役割も大切
- 7.6 まとめ:ズレと上手に付き合う
- 8.1 予測が当たらないことを前提に
- 8.2 動きながら学ぶという考え方
- 8.3 学習サイクルを回せる組織文化へ
- 8.4 ステークホルダーにできること
- 8.5 まとめ:未来は「予測する」ではなく「一緒に学ぶ」
- 9.1 変化に強いチームの共通点
- 9.2 「失敗」を責めない文化
- 9.3 「計画通り」をゴールにしない
- 9.4 例え話:探検隊のルート変更
- 9.5 ステークホルダーの支援が学びを支える
- 9.6 学び続けるチームが成果を出す
- 10.1 完璧を目指すのではなく、まず始める
- 10.2 小さく試して学ぶ
- 10.3 ステークホルダーと一緒に育てる
- 10.4 あなたの現場に合うアジャイルを
- 10.5 アジャイルは「行き方」の話 ✕do agile ◯be agile
- 10.6 まとめ:変化を楽しむチームへ
はじめに
「アジャイル」という言葉を、あなたはどこで耳にしたでしょうか。
最近では IT 業界だけでなく、ビジネスの現場でも「アジャイルに進めよう」「もっとアジャイルでいこう」というフレーズが当たり前のように飛び交うようになりました。 ところが、その一方で「アジャイルって、結局どういう意味?」と尋ねられると、意外と答えるのが難しいのです。
「アジャイル=とにかく速く作ること」 「アジャイル=仕様を決めずに走りながら考えること」 そんなイメージを持たれている方も多いかもしれません。
確かに、スピード感や柔軟さはアジャイルの大切な側面です。 しかし、それだけでは「アジャイルの本当の価値」は半分も伝わりません。 今、私たちの周りのビジネス環境は、想像を超えるスピードで変化しています。 昨日までの正解が、今日にはすぐに通用しなくなる。 だからこそ「どう計画するか」以上に、「どう学び、どう適応するか」が問われているのです。
この本では、「アジャイルとは何か?」そして「なぜ今、アジャイルなのか?」 その問いを、開発現場の内側だけでなく、ステークホルダーやマネジメントの視点も含めて、解きほぐしていきたいと思います。
第 1 章 アジャイルの本当の意味
1.1 アジャイルの語源と由来
「アジャイル」という言葉のルーツをたどると、ラテン語の agilis(アギリス) に行きつきます。意味は、「素早く動ける」「機敏な」「柔軟に対応できる」。英語でも agile person といえば、頭の回転が速く、状況を見て素早く立ち回れる人のことを指します。
私たちが日常で何気なく「アジャイル」と口にするとき、この“しなやかさ”のニュアンスが抜け落ちてしまうことが少なくありません。
1.2 「速さ」より「しなやかさ」
アジャイルを「とにかく速く作ること」と捉える方は多いでしょう。しかし、本来アジャイルにとって「スピード」は手段であり、本質は「しなやかさ」にあります。
たとえば運動会の障害物競走を思い浮かべてみてください。子どもたちは走りながら、目の前に現れるハードルを飛び越え、網をくぐり、平均台を渡ってゴールを目指します。大事なのは、障害物を避けるスピードだけではなく、その場その場で状況を見て自分の動きを変える力です。
ソフトウェア開発でも同じです。最初に立てた計画通りに進めば理想的ですが、現実には必ず予期せぬ課題や外部の変化が発生します。大切なのは、変化を察知し、方向を修正しながら進んでいける「しなやかさ」です。
1.3 障害物競走に学ぶ柔軟性のイメージ
昔の開発現場では、すべての要件を最初に決めてしまうウォーターフォール型が主流でした。しかし今は、ゴール自体が変わることが当たり前になっています。市場のトレンドが変わる、ユーザーの声が予想外に違う、技術的な制約が見つかる。こうした変化に対して、「当初の予定を守り切ること」よりも、「いち早く軌道修正できるか」が、成果を左右します。
1.4 アジャイルを支える「適応力」とは
アジャイルとは、早く作ること、速くリリースすることだけではありません。「変化に気づき、学び、正しい方向へ進むための適応力」こそが、本来の意味です。
この適応力を高めるために、アジャイルでは「小さく作り、小さく学ぶ」という進め方が大切にされています。一度にすべてを決めるのではなく、小さく試してフィードバックを得る。そうすることで、大きな失敗を避けながら、価値あるものを形にしていけるのです。
✔️ ミニチェック:あなたのチームはしなやかですか?
計画変更に過剰な恐怖心はないか、失敗を責める文化が残っていないか、間違いに早く気づく仕組みがあるか――この問いかけを、ぜひ自分の現場にも持ち帰ってみてください。
第 1 章まとめ
- アジャイルの語源は「agilis(素早く・柔軟に動ける)」
- 「速さ」より「しなやかさ」「適応力」が本質
- 計画通りに進めることよりも変化に合わせて修正する力が大事
- 小さく作り、小さく学び、適応するチームが強い
第 2 章 なぜ今、アジャイルが必要なのか
2.1 「変化がないことが例外」の時代
少し前までは、ビジネスもプロジェクトも「先を読む力」が何より大切だと言われていました。長期計画を立て、予算を確保し、計画通りにやり切ることが成果の証だった時代です。でも今、私たちが生きている世界はまったく違っています。
ほんの数年で AI が爆発的に普及し、私たちの働き方を根本から変えつつあります。つい数年前、「生成 AI」や「ChatGPT」をここまで当たり前に使う未来を誰が予想できたでしょうか。数年で常識が大きく塗り替わる――そんな時代に私たちは生きています。
2.2 AI の進化と小さな商店の話
例えば、昔ながらの商店街にある八百屋さんを思い浮かべてみてください。以前は地域の常連さんの顔を見て仕入れを決めるのが当たり前でした。でも、スーパーや宅配サービスが当たり前になり、生活スタイルが変わると、そんな「当たり前」はあっという間に崩れてしまいます。
さらにコロナ禍で人々が外出を避けるようになると、店先には誰も来なくなりました。もしもこの八百屋さんが昔と同じ方法だけにこだわっていたら、すぐにお客さんは離れてしまったでしょう。けれど、状況を見て「どうすれば届けられるか?」と考えたお店は、配送サービスを始めたり、SNS を活用して新しいお客さんを増やしたりしました。
「変化を前提にやり方を柔軟に変える」。小さな八百屋さんの挑戦にも、アジャイルの精神と通じる部分があります。
2.3 コロナ禍が教えてくれた予測不能性
もう一つ、私たちに大きな気づきを与えたのがコロナ禍です。2020 年、世界中が突然ロックダウンに入り、人が集まること自体がリスクになる――そんな日常を、誰が本気で想像していたでしょうか。
オフィスに毎日通うのが当たり前だった人たちが一夜にしてリモートワークに切り替わり、対面営業や大規模イベントはオンラインに置き換わりました。ほんの数ヶ月で働き方やビジネスの形は大きく変わり、私たちは「予定通りが当たり前」という感覚を手放さざるを得なくなったのです。
これは、長年使い慣れた道路が突然「通行止め」になり、どこかで新しい迂回ルートを探しながら進むようなものです。大事なのは、地図に描かれた理想のルートに固執することではなく、今何が起きているかを正しく見て、別の道を選べる柔軟さです。
2.4 先の読めない VUCA の世界
こうした状況を表すキーワードとして、最近よく耳にするのが「VUCA(ブーカ)」です。VUCA は、私たちの仕事やビジネスを取り巻く環境がどれだけ不安定で複雑なのかを示す言葉です。
VUCA は、
- Volatility(変動性):物事の変化がとにかく激しい
- Uncertainty(不確実性):先が見通せず、予測が難しい
- Complexity(複雑性):さまざまな要素が絡み合い、単純に割り切れない
- Ambiguity(曖昧性):物事の意味や答えがはっきりしない
という 4 つの頭文字を取ったものです。
ちょうど、最近の天気のようなものです。昔は「来週はずっと晴れの予報」と言われれば傘を持たずに外出できました。でも、気候変動で突然の豪雨や台風が増え、「とりあえず折り畳み傘を持っておこう」と備えるのが当たり前になりました。
VUCA の世界では、ビジネスも同じです。どれだけ完璧な計画を立てても、思いがけない出来事が起きる。だからこそ、変化を前提に動く柔軟さが必要なのです。
2.5 長期計画は“幻想”になりつつある
VUCA の時代には、昔のような「立てた計画をそのままやり切れば成果が出る」という感覚は通用しなくなっています。3 ヶ月前に立てた計画が、テクノロジーの進化や市場の変化であっという間に古くなることも珍しくありません。
「これさえやっておけば大丈夫」という正解がどんどん動いていく時代では、どれだけ早く変化に気づけるか、どれだけ素早く小さく試して学びを積み重ねられるかが大切です。
アジャイルは、まさにそのための考え方です。すべてを計画通りに進めることを目的にするのではなく、変わることを前提にして、いかに学び、いかに修正できるか。その柔軟さが、これからの武器になります。
第 2 章まとめ
- AI の進化やコロナ禍が示したように、今は「変化がないことが例外」
- VUCA の時代には先が読めず、長期計画だけでは対応できない
- 変化に合わせて柔軟にやり方を変える力が問われる
- アジャイルは変化を味方にするためのしなやかな進め方である
第 3 章 正解が変わる時代に必要な力
3.1 変化に気づく力
VUCA の時代において、最大のリスクは「変化に気づかないこと」です。どれだけ立派な計画を立てていても、状況が変わったことに気づかず進み続ければ、ゴールにたどり着けないどころか、むしろ遠回りになってしまいます。
これは登山に例えるとわかりやすいかもしれません。登山道を歩いていて急に霧が出て視界が悪くなったとき、最初のルートに固執してしまうと危険な崖に向かって進んでしまうかもしれません。大切なのは「あれ、何かおかしい」と気づける感覚です。変化に気づける人やチームは、危険に陥る前に立ち止まり、「このままでいいのか?」と問い直すことができます。
3.2 やり方を変える勇気
変化に気づけても、実際にやり方を変えるのは簡単ではありません。「ここまでやってきた努力が無駄になるのでは」「上司に叱られるのでは」と不安になるのは当然です。それでも、最初の計画に縛られて進み続けた結果、もっと大きな手戻りが発生してしまうほうがずっと高くつきます。
これは、料理に例えるとわかりやすいでしょう。レシピ通りに作っていたのに、途中で味見をしたら何か物足りないと気づくことがあります。そのとき、「レシピにそう書いてあるから」と修正をしなければ、せっかく作った料理も美味しくはなりません。味見をして調整するからこそ、より良いものができるのです。
アジャイルも同じです。最初から完璧を目指すのではなく、途中で方向を変えることを前提に進める。変化に気づき、修正する勇気を持つことが重要です。
3.3 小さく試して学ぶ
では、変化に気づき、修正するためにはどうすればいいのでしょうか。アジャイルが大切にしているのは「小さく試して学ぶ」というやり方です。
新しい機能を開発するとき、いきなり半年かけて完璧なものを作るのではなく、まずは最小限の動くものを 1〜2 週間で作ってみます。それをユーザーに触ってもらい、フィードバックをもらう。この繰り返しの中で「これでいいのか?」「もっと良くできるのか?」をチーム全員で問い続けます。
大きく間違っていても、小さく試していれば被害は最小限で済みますし、修正も早くできます。
3.4 正解は一つではない
「正解は一つしかない」と思い込むと、計画が少しでもズレたときに不安になったり、パニックになったりします。でも変化の激しい時代には「正解は動くものだ」と考えるほうが現実的です。
お客様のニーズも技術も、昨日と今日で形を変えることがあります。だからこそ、「昨日までの正解」に固執するのではなく、「今の最適解は何か?」を探し続ける姿勢が大切です。
3.5 ガーデニングのように育てる
アジャイルは、庭に花を育てるガーデニングのようなものです。庭に苗を植えたからといって、あとは放っておいて花がきれいに咲くわけではありません。天気を見て水をやり、虫がつけば駆除し、必要があれば日当たりを調整します。
どんなに立派な苗を植えても、「植えたから終わり」ではなく、日々小さな変化に気づき、その都度お世話をしてあげるからこそ、きれいな花を咲かせることができるのです。
ソフトウェア開発も同じです。一度作って終わりではなく、実際に使われながら育っていく。ユーザーや現場の声を受け止めて、必要に応じて手をかけて改善していく。この「育てる感覚」こそが、小さく試して学びながら軌道修正するアジャイルの本質です。
3.6 変化を味方にするチームへ
正解がすぐに変わる時代においては、「気づく力」「変える勇気」「小さく学ぶ習慣」の 3 つが揃ってはじめて、変化を味方にすることができます。
計画に縛られるのではなく、変化を恐れずに向き合い、試して学び続ける。この姿勢こそがアジャイルを支える根っこです。
第 3 章まとめ
- 最大のリスクは変化に気づかないこと
- 計画を修正する勇気が大きな手戻りを防ぐ
- 小さく試して学ぶからこそ、大きな失敗を避けられる
- 正解は一つではなく、状況に応じて変わるもの
- アジャイルは庭を育てるように、プロダクトやチームを育てていく哲学
第 4 章 アジャイルの誤解と真実
4.1 言葉だけが独り歩きするアジャイル
「アジャイル」という言葉を聞く機会は増えましたが、その意味が正しく伝わっているとは限りません。むしろ、広まれば広まるほど「アジャイルって結局どういうこと?」とあいまいなまま、言葉だけが独り歩きしてしまうことがあります。
「アジャイルだから仕様なんていらないんでしょ?」「計画を立てなくていいから楽だよね?」「ドキュメントも作らなくていいんだよね?」――そんな声を、どこかで聞いたことがあるかもしれません。でも、そのイメージは本当に正しいのでしょうか?
4.2 誤解 ①:仕様はなくていい?
一つ目のよくある誤解は、「アジャイルなら仕様はいらない」というものです。確かに、ウォーターフォール型のように最初から全ての仕様を決め切ってしまうやり方とは違います。アジャイルでは、作ってみて気づいたことを反映しながら仕様を育てていくからです。
しかし、だからといって「仕様ゼロ」で良いわけではありません。これは、家を建てるのに設計図を一枚も描かずに工事を始めるようなものです。「とりあえず作ってみよう」で進めると、後から直すのに何倍もコストがかかってしまいます。
4.3 ほどほどの仕様という考え方
アジャイルで大切なのは、最初に「ほどほどの仕様」を決めておくことです。たとえば旅行の計画に似ています。行き先と宿だけは決めておき、あとは現地で気分に合わせて予定を変える。行き当たりばったりで何も決めないのとは違い、最低限の方向性があるからこそ、安心して寄り道もできます。
開発でも同じです。最初から細かく決めすぎて修正できなくなるのではなく、必要最低限を決めておいて、作りながら気づいたことを反映していく。そのバランスこそがアジャイルの仕様の持ち方です。
4.4 誤解 ②:計画はいらない?
二つ目の誤解は、「アジャイルは計画なんていらない」というものです。「変化に対応するのが大事だから計画は立てなくていいんだ」と思われがちですが、実際にはむしろアジャイルほど計画を頻繁に立て直すやり方はありません。
ウォーターフォール型では最初に一度計画を立てて、それを最後まで守り抜くことが求められます。対してアジャイルでは、大きな方向性を持ちつつ、短いサイクルで計画と振り返りを繰り返します。
4.5 スポーツの練習のような計画
これはスポーツの練習に似ています。例えば「半年後に大会で優勝する」という目標があったとしても、今日やる練習内容は「何をどこまでやるか」「どうやって振り返るか」を毎回考えます。終わったら「今日は何ができたか」「何ができなかったか」を確認し、次の練習メニューを決める。これがなければ強くはなれません。
アジャイルの計画も同じです。「3 か月後にこうなっていたい」という方向性を持ちながら、2 週間後に何をするかを具体的に決めて、終わったら振り返る。その繰り返しが、変化の多い時代においてチームを迷子にさせないコツです。
4.6 誤解 ③:ドキュメントはいらない?
三つ目の誤解は「アジャイルならドキュメントは不要」というものです。「スピードを重視するなら資料なんていらないよね」と言われがちですが、これも誤解です。
アジャイルの本質は「使われないドキュメントは作らない」ということです。必要な情報はちゃんと残します。むしろ、後から困るなら最初にメモを残しておいたほうが良い。でも、誰も読まない立派な報告書や「一応作っただけの資料」に時間をかけるのはやめよう――それが正しいドキュメントとの向き合い方です。
4.7 引っ越しメモのようなドキュメント
これは引っ越しの荷物リストのようなものです。どの段ボールに何が入っているかをメモしておけば、後で「どこに入れたっけ?」と慌てずに済みます。一方で、誰も見ない立派なマニュアルを作っても、引っ越し後に読まれないなら意味がありません。価値のある情報をコンパクトに残すのがアジャイルにおけるドキュメントの考え方です。
4.8 誤解を解いて初めて活きる
ここまでの 3 つの誤解を振り返ると、アジャイルは決して「何も決めない」「行き当たりばったりで進める」というものではないとわかります。
- 仕様は最初から全てを決めないが、ゼロではなくほどほどに決める
- 計画は立てないのではなく、小さく繰り返して柔軟に見直す
- ドキュメントはムダを省きつつ、必要なものはちゃんと残す
このように誤解を解いて本質を理解してこそ、アジャイルの柔軟さは初めて力を発揮します。
第 4 章まとめ
- アジャイルは「仕様ゼロ」「ノープラン」「ドキュメントなし」ではない
- 必要最低限の仕様を決め、作りながら育てていく
- 計画は短いサイクルで立て直すからこそ、変化に強くなる
- 使われないドキュメントを作らないだけで、必要な情報は残す
- 誤解を超えてこそ、アジャイルのしなやかさが生きる
第 5 章 従来型開発とアジャイルの比較
5.1 ウォーターフォール型開発とは?
これまでの章で、アジャイルが「変化を前提に柔軟に進める考え方」であることを見てきました。では、従来型の開発手法であるウォーターフォール型はどうなのでしょうか。ここで一度、両者の違いを整理してみましょう。
ウォーターフォール型開発は、その名の通り「水が上から下へ流れるように、一方向に進んでいく」やり方です。まず要件を決めて、設計して、実装して、テストして、最後にまとめて納品する。この流れを一つひとつ順番に進めていくのが特徴です。
この方法は長年にわたって多くのプロジェクトで使われてきましたし、今でもすべての開発にアジャイルが適しているとは限りません。ウォーターフォール型にはウォーターフォール型の強みがあります。
5.2 ウォーターフォールの強みと弱み
ウォーターフォール型は、要件が明確で途中変更がほとんどないプロジェクトに向いています。たとえば公共インフラや大規模建築などは、一度設計が決まれば後から大幅に作り直すのは難しいので、最初にしっかりと計画を立てておく方が安心です。
一方で変化が激しい状況では、最初に決めた計画通りに進めること自体がリスクになることがあります。途中で要件を変えようとすると、設計からテストまで多くの工程に手戻りが発生し、コストも時間もかさんでしまいます。
5.3 アジャイルは「小さく作って、すぐ確認」
これに対してアジャイルは、大きなものを一気に作り上げるのではなく、最小限の“動くもの”を早めに作って、すぐにユーザーや関係者に確認してもらいます。そして、実際に使ってもらったフィードバックを受けて、必要に応じてすぐに修正する。このサイクルを何度も繰り返すことで、ズレを小さなうちに修正し、価値のあるものに近づけていきます。
たとえば、新しいサービスを作るときに半年かけて立派な仕様書を作り込むよりも、2 週間で最低限の動くプロトタイプを出し、ユーザーの反応を見て「思っていたのと違う」とわかったらすぐに方向を変える。これがアジャイルの強みです。
5.4 両者の違いを整理する
従来型のウォーターフォールとアジャイルを比較すると、違いがよりわかりやすくなります。
| 観点 | ウォーターフォール | アジャイル |
|---|---|---|
| 進め方 | 一括計画 → 一括実行 | 小さく試す → 柔軟に調整 |
| 要件の確定 | 最初にすべて決める | 途中で変わる前提で始める |
| フィードバック | リリース後に一度だけ | サイクルごとに繰り返し得る |
| 手戻りリスク | 高い(後戻りしづらい) | 小さい(早期に気づける) |
| ドキュメント | 詳細まで決めてから進める | 必要最低限に絞る |
どちらが正しいという話ではなく、状況によって適した進め方は変わります。ただ、先が読めない VUCA の時代には、「途中で要件が変わるのは当たり前」という前提で動けるアジャイルの考え方が役立つ場面が確実に増えています。
5.5 例え話:設計図のある家、作りながらの DIY
ウォーターフォール型は、立派な設計図をもとに一気に家を建てるようなものです。設計に時間をかければかけるほど、途中での変更は大変になります。逆にアジャイルは、まず最低限住める小屋を建ててみて、住み心地を試しながら少しずつ増改築を繰り返していく DIY に近いかもしれません。
もちろん、どちらも目的と状況に合っているかどうかが大切です。すぐに住みたいけれどどんな間取りが快適かは住んでみないと分からないときには、まず小さく試してみるやり方のほうが後悔が少なくて済みます。
5.6 両者を使い分ける視点
ウォーターフォール型とアジャイル型、どちらか一方にすべてを寄せる必要はありません。両者の特徴を理解しておくと、「この部分は要件が変わりづらいから先に固めておこう」「この部分はユーザーの反応を見ながら柔軟に変えよう」と、プロジェクトを賢く組み立てられます。
第 5 章まとめ
- ウォーターフォール型は最初に決めて一方向に進む開発手法
- 変更に弱いが、要件が固定されているプロジェクトには向いている
- アジャイルは小さく作って、すぐ確認しながら進める
- 変化に強く、フィードバックを繰り返すことでズレを減らす
- 両者の特徴を理解し、プロジェクトに合わせて使い分けるのが大切
第 6 章 アジャイルが生む 3 つのイノベーション
6.1 アジャイルの目的は何か?
これまでの章で、アジャイルは単なる進め方のテクニックではなく、「変化を味方にする柔軟な考え方」だということをお伝えしてきました。でも、そもそもアジャイルが目指しているのは何でしょうか。ただ速く作ることが目的ではありません。アジャイルの本当のゴールは、「価値のあるものを、より早く、より確実に届けること」です。
では、そのために必要なのは何か。アジャイルでは、大きく 3 つの「イノベーション」が必要だと言われています。それが「プロダクトのイノベーション」「プロセスのイノベーション」「マインドのイノベーション」です。
6.2 プロダクトのイノベーション
一つ目は、プロダクトのイノベーションです。これは言い換えると、「本当に価値のあるものをつくる力」と言えます。ユーザーが求めているのは何か。要件通りに作るだけではなく、「それって本当に役に立つの?」という問いを常に持つ姿勢が重要です。
たとえば、「顧客の言う通りに作ったのに誰も使わなかった」という話は開発の現場でよくあることです。どれだけきれいな画面や多機能なシステムを用意しても、そもそもユーザーが抱えている課題とズレていたら使われません。だからこそアジャイルでは、小さく動くものを作ってユーザーに触れてもらい、「これでいいのか?」を早く確かめることを繰り返します。
6.3 プロセスのイノベーション
二つ目は、プロセスのイノベーションです。価値のあるものを作るだけでなく、その「作り方」自体を常に見直すことも欠かせません。
これは料理でいうと、レシピが古くて非効率なら新しい手順に変えたり、調理器具をアップデートしたりするのに似ています。どんなに良い材料があっても、作り方が古いままだと美味しい料理にはなりません。
アジャイルでは、チームで定期的に「振り返り(レトロスペクティブ)」を行い、やり方を少しずつ改善します。コミュニケーションを密にして誤解を減らし、ムダを減らして価値に集中する。その積み重ねが、結果としてスピードと品質の両方を高めてくれるのです。
6.4 マインドのイノベーション
そして三つ目が、マインドのイノベーションです。これが一番地味に見えて、実は最も重要です。どれだけ素晴らしいプロダクトを作ろうとしても、どれだけ進んだプロセスを整えても、考え方が変わらなければ結局、アジャイルは形だけのものになってしまいます。
たとえば「失敗=怒られること」という文化があると、誰も挑戦しなくなります。「とにかくやりきること」が目的化して、途中で立ち止まって軌道修正することができなくなってしまいます。
逆に、マインドが変わるとチームの空気はガラッと変わります。「間違ってもいいから、まず出してみよう」「わからないことは一緒に考えよう」「作ったあとに学んで、次に活かそう」――こんな前向きな姿勢があるだけで、チームがチャレンジできる余白が生まれます。
6.5 イノベーションは三位一体
「プロダクト」「プロセス」「マインド」。この 3 つのイノベーションは、どれか一つが欠けても成り立ちません。価値を問い続ける力、作り方を磨き続ける力、そして学びを後押しする文化。この 3 つがそろってこそ、アジャイルは単なる「やり方」ではなく、チームを進化させるための強力な武器になります。
第 6 章まとめ
- アジャイルが目指すのは「価値をより早く、より確実に届けること」
- そのためには「プロダクト」「プロセス」「マインド」の 3 つのイノベーションが必要
- ユーザーにとって本当に役立つものを問い直す
- 作り方を振り返って改善し続ける
- 失敗を恐れずに学べる文化を育てる
第 7 章 本当に必要だったもの:ズレと向き合う
7.1 あの有名な図が示すもの

アジャイルの話をする中で、よく引用される有名な図があります。「本当に必要だったもの」と呼ばれる図です。もともとはアメリカのオレゴン大学の教材で使われていたものですが、今では世界中でプロジェクトマネジメントの例として語られています。
この図には、一つのブランコをめぐって関わる人たちの認識のズレが描かれています。顧客が説明した要件、営業が伝えた内容、設計者が書いた仕様書、プログラマーが実装したもの、テスターが確認したもの、サポートが理解しているもの、そして――顧客が本当に必要としていたもの。それぞれが少しずつ違っていて、最後に出来上がったブランコは、誰にとっても中途半端なものになってしまっているのです。
7.2 笑えない“現場あるある”
この図を見ると、最初は「あるある!」と笑ってしまうかもしれません。でも、現場で似たようなことが起きているのを思い返すと、ちょっと笑えなくなる人も多いのではないでしょうか。
例えば、お客様は「こうしてほしい」と説明してくれたけれど、実際には「A を実現するための手段として B が欲しいだけ」だった、というケース。営業担当は要望をそのまま伝えたつもりでも、開発側が受け取ると前提がすり替わってしまったり、仕様書にすると解釈が微妙にズレたりする。
さらに作ってみたら、ユーザーが想定とまったく違う使い方をしていたり、運用に入ってから「実はこれじゃ困る」という声が出てきたりする。こうしたズレは、時間もコストも余計にかかる原因になります。
7.3 なぜズレは起きるのか
そもそも、こうしたズレはなぜ起きるのでしょうか。大きな理由の一つは、「話したつもり」「伝わったつもり」のギャップです。どれだけ丁寧に説明したつもりでも、人は自分の言葉を自分の前提で解釈してしまうものです。もう一つの理由は、「最初に全部を決めてしまうこと」のリスクです。最初に決めた要件が、時間の経過とともに現実とズレてしまう。途中で前提が変わるのは、今のように変化が当たり前の時代ではむしろ自然なことです。
7.4 アジャイルはズレに“早く気づく”仕組み
だからこそ、アジャイルは「ズレをゼロにする」ことを目指しているのではなく、「ズレに早く気づいて、軌道修正する仕組み」を大切にしています。小さく作って動かしてみる、早めにユーザーや関係者に見せてフィードバックをもらう、何度も繰り返して学びを積み上げる――これによって、大きなズレが深刻化する前に修正できるのです。
これは、旅行に出かけて途中で道が間違っていると気づいたとき、なるべく早く方向を変えるのと同じです。間違いに早く気づけば気づくほど、遠回りせずに目的地にたどり着けます。
7.5 ステークホルダーの役割も大切
「ズレに早く気づく」という考え方は、開発チームだけが頑張ればいいというものではありません。むしろ、ステークホルダーの関わり方がとても大事です。
完成品が出てくるまで黙って待つのではなく、途中の段階からフィードバックを出すこと。ちょっと動く画面を見て「これ違うかも」と言ってあげること。設計書を見て「この前提が怪しい」と指摘すること。ユーザーの声をリアルタイムで届けること。こうした小さなコミュニケーションの積み重ねが、ズレを小さくしていきます。
7.6 まとめ:ズレと上手に付き合う
プロジェクトにズレが起きるのは当たり前です。大事なのは、ズレを恐れて前に進めなくなることではなく、ズレがあることを前提に、いかに早く気づき、修正していけるかです。アジャイルは「ズレに強い進め方」であり、ズレを学びのきっかけに変えられる方法でもあります。
第 7 章まとめ
- 「本当に必要だったもの」はプロジェクトのズレを象徴する図
- ズレは「伝わったつもり」「最初に全部決めるリスク」から生まれる
- アジャイルはズレをゼロにするのではなく、早く気づく仕組み
- ステークホルダーの関わり方でズレを最小化できる
- ズレを学びに変えて前に進むのがアジャイルの強み
第 8 章 予測不能との付き合い方
8.1 予測が当たらないことを前提に
ここまで、「ズレは必ず起きるものだ」という話をしてきました。これをもう少し大きな視点で捉えると、今の時代は「どんなに優れた人でも未来を完璧に予測することはできない」という現実を、私たちは受け入れざるを得ないということです。
AI の進化、コロナ禍、急激な社会の変化――誰もが「まさかこんなことになるとは」と思った経験があるはずです。計画を立てること自体が悪いわけではありません。でも、「計画通りに進まないことが前提」という意識を持っているかどうかで、行動の質は大きく変わってきます。
8.2 動きながら学ぶという考え方
アジャイルが教えてくれるのは、「予測に頼り切らずに動きながら学ぶ」という考え方です。最初から完璧な正解を出そうとするのではなく、仮説を立てて試してみる。そして、結果を見て学び、必要に応じてやり方を変えていく。この小さな学びのサイクルをどれだけ早く回せるかが、変化に強いチームや組織をつくる鍵になります。
これは新しい料理のレシピを試すようなものです。いきなり完璧な味を目指すのではなく、味見をしながら「もう少し塩を足そう」「ここは甘さを控えよう」と修正するからこそ美味しく仕上がる。正解は一度で見つかるものではなく、試行錯誤の中で育っていきます。
8.3 学習サイクルを回せる組織文化へ
この「動きながら学ぶ」という考え方は、チームだけでなく組織全体の文化として根付いているかどうかが大きなポイントです。
例えば、「やってみたけどダメだった」をすぐに失敗として責める文化があれば、誰も挑戦しなくなります。計画と違う結果が出たときに、すぐに誰かの責任を追及する組織では、学びが生まれません。途中で方向を変えることを「ブレている」として評価しない風土があると、チームは硬直してしまいます。
逆に、最初から「うまくいかないことも前提」として受け止める文化があれば、チャレンジと改善が繰り返されます。「失敗しても学べば OK」「予定と違っても、何を学んだかが大事」という空気があると、チームはどんどん強くなっていきます。
8.4 ステークホルダーにできること
この考え方は、開発チームだけが頑張っても成立しません。周りで関わるステークホルダーの姿勢が大きく影響します。「最初の要望が間違っていたらどうしよう」と不安になるのではなく、「とりあえず出してみて、一緒に見直そう」と考えられるかどうか。「予定通りに進まなかったからダメだ」と責めるのではなく、「何が見えたか?次にどう活かせるか?」に目を向けられるかどうか。こうした姿勢が、変化に強い学習サイクルを回す組織を支えます。
8.5 まとめ:未来は「予測する」ではなく「一緒に学ぶ」
VUCA の時代に「未来を当てる」ことにこだわるよりも、「未来を一緒に作っていくために、どう動きながら学ぶか」を考えるほうが現実的です。アジャイルは、そのためのヒントをたくさん持っています。
第 8 章まとめ
- 予測不能な時代では、完璧な計画にこだわりすぎない
- 仮説を立てて小さく試し、学びながら修正する
- 学習サイクルを回すには「失敗を責めない文化」が大切
- ステークホルダーの理解と支援が学びの質を高める
- アジャイルは「予測に頼らず、動きながら学ぶ」考え方
第 9 章 学習サイクルを回す組織文化へ
9.1 変化に強いチームの共通点
VUCA の時代に「変化に強いチーム」と呼ばれるチームには、共通する特徴があります。それは、学習のサイクルを止めない文化が根づいているということです。
どんなに優れた計画を立てても、最初からすべてがうまくいくことはほとんどありません。うまくいかないことを前提に「何がダメだったのか?」「何が見えたのか?」を振り返り、次に活かす。この積み重ねが、変化に強い組織を育てます。
9.2 「失敗」を責めない文化
この学習サイクルを回せるかどうかは、「失敗」の捉え方にかかっています。多くの職場では、失敗=悪いこととして扱われがちです。「やってみたけどダメだった」と言うと、「誰の責任だ」「計画が甘かった」と責められる。そんな空気があると、誰もリスクを取らなくなり、チャレンジしなくなります。
でも、本当は「失敗」とは学びのきっかけです。たとえば「この機能はユーザーに喜ばれると思ったのに、誰も使わなかった」とわかったら、それは大きな発見です。「なぜ使われなかったのか?」「どこに誤解があったのか?」を探って次に活かせば、次のチャレンジはもっと成功に近づきます。
9.3 「計画通り」をゴールにしない
失敗を責めないと同時に、もう一つ大切なのは「計画通りに進めること」をゴールにしないことです。計画は大事ですが、それは進むための仮説にすぎません。実際に動いてみて、現実が違えば変えるのが当たり前です。
むしろ、「計画通りに進んだけど結果が出ない」より、「計画と違ったけれど新しい学びがあった」ほうが価値があります。ゴールはあくまでも成果を出すこと。計画はそのための手段です。
9.4 例え話:探検隊のルート変更
これは、地図を持って山を探検する探検隊に似ています。探検隊は目的地に着くことがゴールです。途中で道が崩れていたら、無理に通ろうとせずに別のルートを探すのは当たり前です。「計画通りにこの道を行くべきだったのに」と責め合っていても、目的地にはたどり着けません。
変化を当たり前と受け止め、道が塞がれていれば方向を変える。この柔軟さが、学びを積み上げる組織文化の土台です。
9.5 ステークホルダーの支援が学びを支える
チームだけでこの文化を育てるのは難しいものです。だからこそ、ステークホルダーの支援が重要になります。「予定通りに進まなかったからダメ」と判断するのではなく、「予定と違ったけど何を学んだか」を一緒に振り返る姿勢が求められます。
「最初に決めた要件を絶対に変えちゃダメ」というプレッシャーをなくし、「途中で気づいたことは遠慮なく言おう」と言える空気を作る。こうした関わりが、チームの学びを後押しします。
9.6 学び続けるチームが成果を出す
結局のところ、変化に強いチームとは「失敗を恐れずに学び続けるチーム」です。最初の計画に縛られず、小さく試して学びを重ねることで、結果として最短で価値を届けることができます。
第 9 章まとめ
- 学習サイクルを止めない文化が変化に強いチームを育てる
- 「失敗」は学びのきっかけであり、責めるものではない
- 計画通りに進めることを目的にしない
- ステークホルダーの支援が学びの質を高める
- 学び続ける姿勢こそがアジャイルの原点
第 10 章 これからの一歩:アジャイルを実践する
10.1 完璧を目指すのではなく、まず始める
ここまで、アジャイルの本質は「変化に強いしなやかな考え方」だということを見てきました。仕組みやツールがアジャイルを実現してくれるわけではなく、「どう学び、どう柔軟に動き続けるか」がすべての土台です。
では、あなたの現場でこれをどう活かしていけるのでしょうか。大切なのは、完璧な仕組みを整えることから始めようとしないことです。「まず小さく試してみる」ことが何よりの第一歩です。
10.2 小さく試して学ぶ
例えば、いきなりすべてのプロジェクトをアジャイルに変えようとしなくても構いません。小さなチームで、1 つの機能や 1 つの施策だけでもいい。短いサイクルで計画を立てて、動かしてみて、終わったら必ず振り返る。この基本の流れだけでも、現場の空気は少しずつ変わっていきます。
「やってみて、だめだったら直せばいい」という感覚を育てることが、アジャイルを根づかせる第一歩です。
10.3 ステークホルダーと一緒に育てる
アジャイルはチームの中だけでは完結しません。ステークホルダーの理解と関わりが、現場を大きく変えてくれます。
「とにかく早く出してほしい」と急かすだけでなく、「途中で見せてくれてありがとう」「ここはもっとこうしたい」と小さなフィードバックを届けること。予定が変わることを「失敗」と捉えるのではなく、「前提が変わっただけ」と受け止めて一緒に軌道修正していくこと。
こうした関わり方が増えていくと、チームはもっと自由に、安心して学び、挑戦できるようになります。
10.4 あなたの現場に合うアジャイルを
教科書通りのアジャイルは存在しません。スクラムをそのまま取り入れるチームもあれば、部分的に要素だけ取り入れているチームもあります。大事なのは「現場に合う形にアレンジする」ことです。
「ウチのチームはこういうときにズレが起きやすいな」「ここは毎回決めすぎて硬直してるな」といった小さな気づきからでも十分です。そこに一歩だけ柔軟さを足してみる。その積み重ねが、変化に強いチームを作っていきます。
10.5 アジャイルは「行き方」の話 ✕do agile ◯be agile
ここまで読んでくれた方には伝わっていると思いますが、アジャイルは「どんなツールを使うか」とか「どんな役割分担にするか」という前に、「どんな姿勢で進んでいくか」という行き方の話です。
変化が激しい時代だからこそ、最初に決めたものに固執せずに動きながら学ぶ。間違えてもすぐに気づいて直す。その繰り返しをチーム全員で楽しめるようになれば、アジャイルは自然と現場に息づきます。
10.6 まとめ:変化を楽しむチームへ
アジャイルは、やってみるほどに「正解がないこと」がわかってきます。だからこそ面白いのです。大きな目標を掲げながらも、一歩ずつ方向を見直し、チームで声をかけあって修正していく。その姿勢こそが、これからの時代を生き抜く力になります。
第 10 章まとめ
- 完璧を目指さず、小さく試して学ぶことから始める
- ステークホルダーと一緒に軌道修正する関係性が鍵
- 「教科書通り」ではなく現場に合う形を探す
- アジャイルはツールではなく進み方の哲学
- 変化を恐れず楽しめるチームが、最強のチームになる
あとがき
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。あなたは、どんな気持ちでこの本を読み終えたでしょうか。
「アジャイル」という言葉は、一見すると特別な手法や最新の開発プロセスのように思えるかもしれません。けれど、振り返ってみると、その本質はずっと私たちが当たり前のようにやってきた「考えて、試して、学び、直す」という人間らしい営みに近いのではないかと思います。
計画して、動いてみて、思ったようにいかなくて、立ち止まって話し合って、また動き出す。それを怖がらず、むしろ楽しめる人やチームが、どんなに先が見えない時代でも、道を切り拓いていけるのでしょう。
この本では、そんなアジャイルの本当の姿を少しでも身近に感じてもらえるように心がけてきました。もし読んでくださったあなたが、自分のチームや組織のことを思い浮かべながら「これなら一歩やってみようかな」と感じていただけたなら、これ以上うれしいことはありません。
アジャイルは一人で育てるものではなく、仲間やステークホルダーと一緒に育てていくものです。小さな気づきを持ち寄り、声をかけ合いながらチームを変えていくその姿勢が、結果として仕事のやり方だけでなく、人との関わり方さえもしなやかに変えてくれるはずです。
変化の多い今の時代だからこそ、完璧を求めすぎず、柔らかく、しなやかに進んでいきましょう。この本が、あなたとあなたのチームのこれからの挑戦の小さな支えになりますように。


コメント
佐藤様の御子息よりおすすめいただき拝見させていただきました。
自分は今年新卒として入社した身ですが、今まで曖昧な認識のままでいたAgileとう言葉が持つ本来の意味についてより深く理解することができました。
自分の場合はテスター仕事になるため、相手の意図や目的を正しく理解した上でテストを実施する必要性を感じています。そのため開発の方、同僚、上司とのコミュニケーションの大切と難しさにも日々格闘しています。
開発で生じる変更に対しては時になぜこのタイミングなのかと思うこともあります。しかし、それがなぜ必要なのかを理解し、その変更にどう対応していくか。その姿勢こそが自分の成長を支えるものであると考えられるようになりました。
全体的にとても読みやすく、途中にあの有名な風刺画を交えたユーモアさもあり、非常に参考になりました。
ご丁寧な感想をありがとうございます。
また、息子経由でご覧いただいたとのこと、とても嬉しく思います。
まだ入社間もない中で、アジャイルの本質やコミュニケーションの難しさ・大切さについて、
ご自身の実感として捉えてくださっていることに、むしろこちらが学ばせていただく思いです。
テストという立場だからこそ、相手の意図を正しく受け取り、変化に柔軟に対応する姿勢は
本当に重要ですし、まさにアジャイルの実践でもあると思います。
今後もきっと、いろいろな変化や戸惑いの中で、少しずつ“自分なりのアジャイル”が見えてくるはずです。
そのプロセスを、ぜひ楽しんでください。
また何か気づきや疑問などあれば、いつでも共有いただけるとうれしいです!